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「それは『宿舎には戻れない』という意味です」
「なんだ、そうか。ローザの言い方が鬼気迫るいい方だったから、驚いた」
「両親の出来が悪すぎて、さすがにローザさんも怒っていらしたのだと思います。トーマス王太子殿下、すみません」
「大丈夫だよ。会食で上手くいかなくても関係ない。私はルリアンのお義父さんと約束したからね。『何があってもルリアンをお妃に迎えると約束して下さい!』と言われたからには、男として全力で守らないとね」
(それは私がこの世界から一時的に消えたとしても、必ずどこかの病院に入院しているから、諦めずにお妃に迎えて欲しいという意味だ。でも『男として全力で守らないとね』というセリフはルリアンでなくても嬉しい。)
「ルリアン? どうかした?」
「いえ、今日のご公務は王立幼稚舎です。園児は元気いっぱいですよ。楽しみですね」
トーマス王太子殿下はルリアンを見つめて優しく微笑んだ。
◇
―王立幼稚舎―
スポロンが選んだ白のポロシャツに薄紫色のスラックス。園児の制服と同じカラー。
五歳児のクラスを視察するトーマス王太子殿下。すでに園児に囲まれている。ルリアンとスポロンは教室の隅で見守り、護衛の者は廊下や園庭に配置されている。マスコミはトーマス王太子殿下と園児の遊ぶ様子を、許可を得て撮影していた。
園児はトーマスが王太子殿下だと聞かされてはいるらしいが、園児からすれば大人のお兄ちゃんが遊びに来てくれたくらいの気持ちなのだろう。
トーマス王太子殿下は園児とお絵書きをしたり、ダンスをしたり、絵本の読み聞かせをしたり、どの公務よりも楽しそうだった。
(絵本は私の好きだったガラスの靴の童話だ。トーマス王太子殿下は子供好きなんだね。いいお父さんになりそう。)
ルリアンの口元は自然と緩む。
正午になりランチの時間。王立幼稚舎は給食だ。ルリアンと同じ黒髪の女の子がちょこちょこと近寄り、ルリアンの手をいきなり繋いだ。
王立幼稚舎の園児の殆どはパープル王国の公爵家や伯爵家、裕福な家庭の子供達ばかり。皆シルバーの髪色をしている。黒髪で王立幼稚舎に入園しているのはとても珍しいことだった。
「お姉ちゃんも王太子殿下も私と同じ黒髪だね。王太子殿下がお姉ちゃんも一緒にランチを食べようって」
「えっ? でも私は秘書だから……」
ルリアンはスポロンをチラッと見た。
「お嬢様は確かライト伯爵夫妻のご嫡男のお子様ですよね?」
「はい。キャロライン・ライトです。お祖父様とお祖母様をご存知なのですか?」
「よく存じ上げています。このあとパーティーにも招待されています。ルリアンさん、どうぞご一緒にランチを召し上がって下さい」
「いいのですか? でも私は……」
「ライト伯爵家のご嫡男の奥様は黒髪なのです。キャロライン様は王太子殿下とルリアンさんの黒髪を見て、誇らしく思われたのでしょう。幼き頃の王太子殿下のように、王立幼稚舎で黒髪は目立ちますからね」
「ライト伯爵家のご嫡男の奥様は黒髪なのですね。パープル王国では珍しいですね。結婚を認められた伯爵夫妻はご理解があるのですね。では、スポロンさん、私は園児と一緒にランチをさせていただきます。スポロンさんはどうなさいますか?」
「私は教員室で軽食をいただきます」
ルリアンはキャロラインと手を繋いで小さなテーブルの椅子に座る。キャロラインを挟んだ隣にはトーマス王太子殿下。三人とも黒髪でまるで親子のようだった。
担任の先生の話では、キャロラインは黒髪のために他の園児から好奇な目で見られ、幼稚舎に馴染めなかったらしいが、私達を見た園児達は王太子殿下と同じ黒髪のキャロラインは、特別な存在なのだと認識したようで、このランチをきっかけに、他の園児から話しかけられるようになり、友達から王太子殿下と同じ黒髪を羨ましがられていた。
◇
王立幼稚舎の視察を終え、ライト伯爵家のパーティーにはまだ時間があったため、トーマス王太子殿下は突然『王立公園に立ち寄りたい』と言い始め、スポロンや護衛を困惑させた。
「トーマス王太子殿下、スケジュールにない所を突然訪問するのはおやめ下さい。護衛の人数も限られておりますゆえ、トーマス王太子殿下のみならずルリアンさんにも危険が及ぶようなことがあらば一大事です。時間を持て余すのならば、一旦王宮に戻りましょう」
スポロンの忠告に、トーマス王太子殿下はつまらなそうな顔をしたが、『ルリアンさんにも危険が及ぶようなことがあらば一大事です』という言葉で、王立公園は踏み留まった。
「せっかく良い天気だから、公園を散歩したかったのになあ」
ぶつぶつ小言を言いながら、ルリアンをチラチラ見るトーマス王太子殿下を、ルリアンは可愛いと思ってしまう。きっと本当のルリアンでもそう思うに違いない。ルリアンはさりげなく話を王立幼稚舎に戻す。
「本日はキャロライン様が喜んで下さり、よかったですね」
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