【5】恋に惑う女達
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その日の夜、ルリアンが直接タルマンにレッドローズ王国への同行の話をしたが信じてもらえず、執事のスポロンから正式にタルマンに『明日より一泊二日でタクシーを予約したい』との連絡が入りやっと同意してくれた。
久しぶりに王宮より配車の依頼が入りタルマンは舞い上がっていたが、妻のナターリアは不安そうだった。
「ルリアン、父さんはもう王宮の専属運転手ではないのよ。個人タクシーの運転でお忍びでレッドローズ王国だなんて。あの国は父さんには不吉な国なのよ。何度事故を起こしたことか……。そのたびに長年昏睡状態に陥ったわ。母さんは反対よ。ルリアンまで同行するなんて、絶対に反対ですからね。万が一、トーマス王太子殿下に何かあったらどうするつもりなの」
「母さんは心配性ね。私はトーマス王太子殿下の秘書なのよ。だから同行しなければいけないの。それにこれはトーマス王太子殿下のご意向なの。スポロンさんやローザさんもいるし、護衛車も同行するから警備体制は万全よ」
「もしも二人が事故を起こして昏睡状態ですまなかったら、母さんはもう生きていけないわ」
「不吉なことばかり言わないで」
「あっ、そうだ。スポロンさんもご一緒なら、いい機会だわ。スポロンさんと親睦を深めて、本気でお見合いのことを考えなさい」
「……っ、バカバカしい。年の差何歳だと思ってるの? 母さんがそんなことばかり考えてるから他の使用人に誤解されるのよ」
「あら、誤解って?」
「知らないの? 私じゃなくつて、母さんがスポロンさんと怪しい関係だって、みんな噂してるわ」
ルリアンの発言に一番動揺したのはタルマンだった。
「何だって! 私のナターリアがスポロンさんと不倫を!? ナターリア、本当なのか?」
「やだわ。父さんまで。私が愛してるのは父さんだけ。スポロンさんが親切にして下さるから、みんなやっかんでるのよ」
(女は魔性だ。幾つになっても魔性だ。母さんは噂になってることを知りながら、スポロンさんに特別扱いされてることを喜んでいる。義父さんという夫がありながら、それなのに私とスポロンさんを本気でくっつけようなんて、最悪だよ。)
「母さん、私とスポロンさんは執事と秘書。それ以上でもそれ以下にもならないから。義父さん、心配無用よ。スポロンさんは母さんに好意はないから。私の母親だから親切にしてくれてるだけよ」
「まて、ルリアン。ルリアンの母親だから親切にするとは。やはりスポロンさんはルリアンに気があるのか。許せんな。娘、いや、孫のような年頃の娘に恋心を抱くとは。明日、私が父親としてギャフンと言わせてやる」
(母さんのせいで、ますます話がややこしくなったし。でもトーマス王太子殿下とのことは、お喋りな母さんには言えない。)
「義父さん、そんなことはいいから、サファイア公爵邸に一泊させていただくんだから、失礼のないようにね。母さんは義父さんの荷造りして。肌着や部屋着も新品にしてね」
「はいはい。新品あったかしら? 私もトランクに入ってついて行こうかな」
「ほう、ナターリアなかなか良い考えだ。トランクにマットレスでも敷くか? 枕もいる?」
「あら、マットレス? それいいわね。明日は王宮の炊事係はサボっちゃおうかな」
「もう二人ともいい加減にして、それこそ事故のもとだわ。義父さん、くれぐれもトーマス王太子殿下やサファイア公爵邸の皆様に失礼のないようにね」
「はいはい。ナターリア、お土産たくさん買ってくるからな」
「お土産より、生きて帰ってきてね」
「バカだなあ。私は神に誓って事故なんてもうしないよ」
いい歳をしてイチャイチャしているタルマンとナターリアに半ば呆れながら、ルリアンはボストンバッグに着替えやメイク用品を詰め込む。
(いつまでも仲がいいことは幸せな証拠だけど。現世の母さんも義父さんもイチャイチャしてるのかな。もしも義父やレイモンドさんと同じ状況なら、現世の私はきっと昏睡状態のはず。母さんも義父さんも……昂幸も死ぬほど心配してるよね。)
―翌日―
青空は澄み渡り雲ひとつない晴天だった。
公用車は防弾ガラス、後部座席は黒いフィルムが貼られ内部は見えないようになっている。
公用車の後ろに一台の護衛車、その後ろにタルマンの個人タクシー、その後ろにもう一台の護衛車だ。
「スポロン、ローザ、二人が公用車に乗るように。強盗やパパラッチがいたとしてもまさか個人タクシーに私が乗っているとは思わないだろう」
トーマス王太子殿下は黒いハットに金髪のウイッグ、付け髭に丸眼鏡。まるで売れないマジシャンだ。
「何ですか、その格好は。ふざけてます?」
「ルリアン、これは変装だよ。ルリアンにも金髪のウイッグを用意してある。町娘の衣装もね。さあ、早く着替えて。なんだかウキウキするな」
「トーマス王太子殿下は相変わらず悪趣味ですね。元々町娘なので衣装に抵抗はありませんが。金髪のウイッグをつける必要あります?」
「レッドローズ王国は殆どの国民が金髪なんだ。個人タクシーに金髪の男女が乗ってる方が違和感はないんだよ。あっ、これは私ではなくローザの提案だから」
「ローザさんの?」
(ローザさんがトーマス王太子殿下に変装を指示? 趣味悪すぎだから。)
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