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結局、公用車の後部座席にはローザとスポロンが乗り込んだ。トーマス王太子殿下は何の不安もないのか、変装したまま平然と個人タクシーの後部座席に乗り込み、私は金髪のウイッグをつけ町娘の衣装で乗り込む。
「これはマジシャンの方々もご同行ですか? サファイア公爵邸でマジックの余興でもされるのですか? ほら、美女を台に乗せて同体を切断したり。箱に入れて串刺しにしたり。金髪のお嬢さんはマジシャンの助手ですか? 失敗して本当に刺されたりしません?」
タルマンの暢気なセリフに、ルリアンは内心苛立ちを感じていた。まさか、トーマス王太子殿下とルリアンがわからないとはあまりにもタルマンが情けないのか、この変装が奇抜過ぎるのか、その判断すらつかないほど滑稽だからだ。
「義父さん、私よ、私」
「は? その声はまさかルリアン? どうしたんだ? 髪が金髪じゃないか? 黒髪を染めたのか? まさかトーマス王太子殿下の秘書というのは嘘で、王宮専属のマジシャンの助手になっていたとは……。こりゃ驚いた。ナターリアには内緒にしておこう」
「ていうか、私の方が驚くわ。これはどう見てもウイッグでしょう。しかも私が王宮専属のマジシャンの助手ですって? 串刺しなんてされません」
隣でトーマス王太子殿下は付け髭を触りながら、楽しそうにクスクスと笑い転げている。
「だってそうだろう。公用車にはトーマス王太子殿下とローザさんとスポロンさんと秘書が乗車したと聞いている。それなのにルリアンはヘンチクリンなマジシャンと私のタクシーに乗るなんて、あり得ないだろ」
「義父さん、ヘンチクリンなマジシャンだなんて言い過ぎです。トーマス王太子殿下に謝罪して下さい」
「トーマス王太子殿下に謝罪? わかった。公用車に行って謝罪してくるよ」
(……っていうか、まだヘンチクリンなマジシャンの正体がわからないとは。)
「タルマン・トルマリンさん、ヘンチクリンなマジシャンで申し訳ありません。これは敵を欺く変装です。極秘の里帰りのため、パパラッチに狙われないように、普通のタクシーを頼みました。ローザとスポロンがあまりにも心配するため、やむを得なく変装してレッドローズ王国の国民に扮装したんです。黒髪はレッドローズ王国では目立ちますからね」
「こ、これはトーマス王太子殿下だったとは。大変失礼しました」
「義父さん、今更謝罪してももう遅いわ。義父さん用の金髪のウイッグもあるけどどうする? 被る? 被らない」
「もちろん喜んで。最近頭髪が寂しくなってきたからな。金髪のウイッグだなんて、ナターリアが見たら腰を抜かすだろうなあ。これ、もらってもいいのか?」
「ダメです。借り物ですから」
「はいはい。よいしょっと」
タルマンはルリアンから金髪のウイッグを受け取り、ニヤニヤしながら頭に被る。前と後ろが逆だ。タルマンの顔が見えない。
「ルリアン似合うか?」
「全然、似合ってません。逆だとわかっててやってるんでしょう。ウケませんから。トーマス王太子殿下、こんな変装バレバレでバカバカしくないですか? 公用車も護衛車もいるし、車列を組んで走るなんて、個人タクシーが逆に悪目立ちですよ」
「それはしないよ。王宮の門を出たら公用車とは付かず離れずだ。国境を越えたら別行動する。トルマリンさんはもともとレッドローズ王国のタクシー会社勤務だったから、裏道には詳しいですよね。タクシー会社勤務時代はサファイア公爵邸にも何度か行ったことがあるはずだと、母から聞いています。義父は客として乗車したそうですね。護衛車は一台着いてきますがそれは気にしないで自由に運転して下さい」
トーマス王太子殿下は七年前のことを知っている。乙女ゲームでは、あの日、記憶喪失が戻ったタルマンはレイモンドと感動の再会をし、レイモンドはメイサ妃に別れを告げ、タルマンはナターリアに別れの手紙を書いて、二人で当時メイサ妃が住まわれていた邸宅をあとにした。
そのあとに起きた不幸な事故。
二人は暫く昏睡状態だったが、目覚めた時にはタルマンの記憶は欠落し、トーマス王太子殿下がメイサ妃とレイモンドの間に授かった子であると理解できているのかすらわからない。だからわざと『義父』と言ったのだ。
何故なら、タルマンは今は木谷ではないから。でも不思議とレイモンドのことは覚えている。レイモンドも昂幸の父、秋山修ではないのだろう。
(当時、二人の体に現世から転移した木谷正と秋山修の魂が入り込んだことを、みんなに証明するすべはないし、知っている者もいない。私はもうルリアンとしてこの異世界で生きていくしかないのかな。どこか間抜けな義父と悪趣味で悪戯好きのトーマス王太子殿下と一緒に。)
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