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 ◇


 ―レッドローズ王国―


 パープル王国の国境を越え、レッドローズ王国に入ると、トーマス王太子殿下の指示でタルマンは公用車と離れ裏道を走る。護衛車は付かず離れず着いてくる。


 トーマス王太子殿下は最初はふざけてワチャワチャと騒いでいたが、公務の疲れからかルリアンの肩に頭を凭れいつの間にか眠ってしまった。


 その代わり、タルマンには見えないように、上着に隠れてしっかりルリアンの手を繋いでいる。


 (まるで子供みたいだな。車に乗るとすぐに寝ちゃうんだから。)


「そう言えば……。前にもこんなことがあった気がするな。トーマス王太子殿下がまだハイスクールだった頃、お忍びでルリアンと三人でホワイト王国の御生母様の隠れ家を訪れたような……」


「義父さん、あの日のことを覚えているの? そうだよ。極秘のドライブだよ。ホワイト王国でトーマス王太子殿下の御生母様を捜して再会させてあげるために、義父さんがホワイト王国まで同行して、隠れ家を探してあげたんだよ。もう廃墟になってて逢えなかったけどね」


 (私はゲームの内容を思い出しながら、義父さんに話した。もしかしたら、七年前レッドローズ王国の邸宅に転居したメイサ妃の元に同行したことも思い出したのかな? そのあと義父さんは事故を起こして昏睡状態になり、目覚めた時は別人みたいになった。いや、本当のタルマン・トルマリンに戻ったんだ。)


「そうだ! 腹を空かしたトーマス王太子殿下とルリアンにハンバーガーを買ったんだ」


「凄いよ、義父さん。その通り、トーマス王太子殿下とハンバーガーとポテトを食べたんだよ。あの味は一生忘れない。美味しかったな」


 (あれ? 私は本当のルリアンじゃないのに。ゲームの内容を思い出さなくても、ちゃんと覚えてる。あのハンバーガーとポテトの味を。私の中から亜子が消えかけてるの? 嫌だ。そんなはずはない。私は亜子なんだから。)


「そんなに美味かったか? サファイア公爵邸にはまだ少し時間がかかる。その先に美味しいハンバーガーショップがある。久しぶりに買ってやろうか? 今回王宮に雇ってもらえたから、給金はたんまり貰えるだろうしな」


「義父さん、食べたい! 買って」


 (まるで子供みたいに、私はハシャイでいる。生意気で王宮やマリリン王妃に馴染めず、本当の両親の愛を信じることができなかったトーマス王太子殿下のことを思い出しながら。気持ちは昂幸と出逢った当初の高校生に戻っている。)


 タルマンはハンバーガーショップで、トーマス王太子殿下とルリアンにハンバーガーとポテトとドリンクを買ってきてくれた。タルマンはコーヒーだけだが、金髪のウイッグを被ったままレジで金銭を支払っているタルマンの背中を見つめながら、ルリアンは現世の義父のことを思い出していた。


 (すぐにバカ笑いする人で、諺が好きでよく話していた。そう言えば……カフェで義父が話していた赤い万年筆。七年前、この世界でメイサ妃が持っていた……。)


 ◇◇


 【回想】


 ――七年前、ポール・キャンデラの事件のあとに、タルマンとレイモンドがトーマス王太子殿下やメイサ妃、ルリアンに突然別れを告げた。トーマス王太子殿下やルリアンは理解できなかったが、メイサ妃やローザは何か察していた。


『大丈夫。私の魂が消えてもローザさんがルリアンの本当の義父さんを捜してくれるよ。今まで支えてくれたナターリアには感謝しかない。そうだ、手紙を渡してくれないか。ナターリアに手紙を……』


 メイサ妃はサイドボードから祖母の遺品である赤い薔薇が描かれた美しい万年筆を取り出し、便箋と一緒にトルマリンに渡した。


 トルマリンはその万年筆をまじまじと見つめて首を傾げた。そして一言『そんなはずはないよな……』とだけ呟いた。


 ◇◇


 (現世のカフェで義父がゲームの原作者であり昂幸の義母に、赤い薔薇が描かれた万年筆のことをしきりに聞いていた。義父の母親の形見の万年筆。世界に二本しかない赤い薔薇が描かれた万年筆。もしかしたら、それが転移と何か関係があるのかな。だとしても、この世界の義父に聞いてもわかるはずはない。)


「ほら、ルリアン。腹が減っただろう。トーマス王太子殿下を起こして二人で食べなさい。パパラッチもいないし、護衛車は離れた場所に停まってるし、大口を開けてかぶり付いても大丈夫だよ」


「そんなにガツガツしてません。現世の義父さんなら『あははっ』て笑うのになあ。何か調子狂う」


「現世の父さん? ルリアンは実の父親に逢いたいのか? 義父さんに遠慮はいらないよ。トーマス王太子殿下のように捜せばいい。ナターリアは私を夫だと信じてくれているようだが、ルリアンはいまでも他人だと思ってるんだよな」


「他人だなんて……違うよ。義父さんは義父さんだよ。実父を捜す必要はない。ハンバーガーありがとう」


 ルリアンは素直な気持ちで御礼を述べ、隣に座り眠っているトーマス王太子殿下を揺り起こした。

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