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「これはトータス王子、なぜ使用人エレベーターに? トーマス王太子殿下の秘書に何か御用ですか? おや、鳩尾をどうかされましたか? 随分痛そうですが」
「ローザ・キャッツアイか。お前の指導はどうなっているんだ。秘書教育がなってない」
「そんなことはございません。ルル・アクアマロンもルリアン・トルマリンも優秀な秘書でございます。ご不満ならルル・アクアマロンをこちらに配置換えして下さっても構いませんが」
「煩い。私は別宅に帰る」
「国王陛下やトーマス王太子殿下に御用があるなら、執事か秘書室長の私を通して下さい。使用人エレベーターではなく王族の方には立派な専用エレベーターがございますのでそちらをご利用下さい。この私がご案内致します」
「結構だ。ルリアン・トルマリン、この無礼はただではすまないよ」
「トータス王子、例え王族でも秘書に対する同意なき性行為は犯罪でございますゆえ、お気をつけ下さい。時代は刻々と変化しております。秘書をお手付きにしようなどとの行為はこのローザ・キャッツアイが許しません。トータス王子の宮殿はお隣です。お間違いなく。それではトルマリンさん秘書室に参りましょう」
「はい。トータス王子、失礼致します」
ルリアンはローザに助けられホッと胸を撫で下ろした。
「ローザさん、助けて下さりありがとうございました。護身術が役に立ちましたが、やり過ぎたでしょうか」
「やはりあの鳩尾は、ルリアンさんの肘鉄ですか。相手が王族であろうと、合意なき性行為の強要は犯罪でございます。この国もどんどん進化し、男性と女性の性差別もなくなりつつあります。王族だからと、目をつけた秘書を無理矢理従えようとするなど、時代錯誤もいいところですよ」
「トータス王子は私に『あなたがトーマス王太子殿下の恋人だからでしょう?』と、仰いました。私とトーマス王太子殿下のことをご存知なようでした」
「なるほど。だからルリアンさんを執拗に手に入れようとされているんですね。トーマス王太子殿下への宣戦布告です」
「宣戦布告……。そうでしょうか? 秘書なら誰でもいいのかも。アクアマロンさんは大丈夫でしょうか。無理矢理襲われたりしないですよね?」
「ルル・アクアマロンは大丈夫ですよ。男性には靡かないように設定してありますから」
「設定?」
「いえ、説明です。秘書研修でしっかり教え込んでいますからね」
「そうですよね。『ルル・アクアマロンは仕事は完璧だが真面目で女性らしくない。こんなことをしたら、ピシャリと手の甲を叩かれる。私は王位継承第二位の王子なのにまるで興味がないようだ』と愚痴をこぼされていましたから」
ローザはクスリと笑う。
「そうでしょう。アクアマロンの心配は無用です。それより浮かない顔をしてますね。明日から三日間トーマス王太子殿下と休暇が取れるというのに、トーマス王太子殿下のお部屋に戻らなかったのですか?」
「……それが、ピンクダイヤモンド公爵家とマティーニ公爵家の結婚が破談になったと聞いて、ドアを閉めてしまいました。盗聴器もダリアさんからの花籠に入っていたそうですし、私なんかより公爵令嬢のダリアさんの方がトーマス王太子殿下に相応しいのではないかと」
「ルリアンさん、あなたはおバカさんですね。トーマス王太子殿下と何年交際されているのですか? トーマス王太子殿下は一度ダリアさんとの婚約をお断りになったのですよ。今更どうこうなるはずはありません。しかし、ダリアさんも男運が悪いようですね。まさかジョニー・マティーニ公爵令息に愛人がいたとは。でも子は宝、こればかりは退くしかありませんから。どちらが正妻となり、どちらが第二夫人となるか、そのような争いも避けたかったのでしょう。プライド高きピンクダイヤモンド公爵令嬢ですからね。良きご縁はいくらでもございますよ」
「そうですよね。私は明日より三日間レッドローズ王国のサファイア邸に同行しても本当によろしいのでしょうか」
「あなたはトーマス王太子殿下の秘書ですよ。ルリアンさんの場合は秘書と書いて『恋人』と読みますが。メイサ妃にご連絡したら、たいそう喜ばれておりました。ルリアンさんとの再会も心待ちされております。私もサファイア公爵邸を訪問できるなんて楽しみです。これもトーマス王太子殿下のおかげです」
「ローザさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。一泊二日ですが、トーマス王太子殿下と寝室は別ですからね。決してトーマス王太子殿下の夜這いに応じてはなりませんよ」
「よ、夜這い!?」
ローザは困り顔のルリアンを見てクスクス笑っている。
(恋に溺れる男女……。
たとえこの身が泡になっても、恋する人の元に泳ぎつきたいと願う自分がいる。
私も他人をとやかく言える立場ではない。
昂幸……。早く現世に戻らなければ私はトーマス王太子殿下に恋をしてしまいそうで怖いよ。)
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