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ルリアンは秘書室より戻り応接室のドアを少し開くと、トーマス王太子殿下とスポロンの話が漏れ聞こえてしまった。ドアをノックし忘れてしまった自分の不手際もあり、そっとドアを閉め、再び秘書室に戻ることにした。
ピンクダイヤモンド公爵家とマティーニ公爵家の結婚が破談になったことは、ルリアンには想定外の出来事だった。ダリアの立場を思うとどれほどショックを受けていることかと、同じ女性としてその気持ちは痛いほどわかる。
やはりトーマス王太子殿下は王族なのだ。国王陛下と血の繋がりはなくても、国民からは絶大な支持を受けている。メイサ妃も国民から支持されていたため、黒髪もメイサ妃の遺伝であると国民は承知していて、黒髪が理由で王位継承者としての立場は揺るがない。
ただそれは……。国民がトーマス王太子殿下は国王陛下の実子であると信じているからだ。
秘書室に戻るために、使用人エレベーターに乗り込むと、そこには意外な人物が乗っていた。
「……トータス王子」
「どうされました? 浮かない顔をして。秘書は笑顔が大事ですよ。トーマス王太子殿下に意地悪でもされましたか?」
「いえ、とんでもございません。トーマス王太子殿下は秘書実習期間の私にとても親切にして下さいます」
「それはあなたがトーマス王太子殿下の恋人だからでしょう?」
ルリアンは『恋人』と言われ、冷静さを失い慌てて話を逸らす。
「ち、違います。トータス王子どうして使用人エレベーターに?」
「使用人エレベーター内部には防犯カメラはありませんからね。マリリン王妃も考えましたよね。王宮内に防犯カメラとは。それほどまでして、私達一族をこの王宮内に入れたくなかったのでしょう」
「それは違うと思います。トーマス王太子殿下はご幼少の頃に誘拐事件があり、危険な目に遭われたので、マリリン王妃が異国より防犯カメラを取り入れ、強盗や不法侵入者対策のために設置されたと伺っております」
「本当にそうですかね? 王宮内外には警備員も警察官も常駐しています。防犯面は完璧です。王宮内の防犯カメラは王族や使用人を見張るためではありませんか? マリリン王妃は元お妃のメイドでありながら、国王陛下に言い寄り自ら関係を求めた人です。王妃がご懐妊されていたことも事実ではないとの噂もあります。王妃自身が一般人ゆえに国民から祝福を得られなかったために、トーマス王太子殿下に近付く一般女性を見張るためなのでは?」
「まさかマリリン王妃がそのようなことを……」
(でもマリリン王妃ならなりかねない。これは王族や使用人を見張るためではなく、トーマス王太子殿下と私を見張るために違いないからだ。)
「王妃には王族の品格はありません。国民にもいまだにメイサ妃の方が人気があるそうではありませんか。メイサ妃に似ているトーマス王太子殿下の人気も絶大なようですね。その魅惑的な黒髪がそうさせるのでしょうか。元移民の証の黒髪が、メイサ妃とトーマス王太子殿下により魅惑的で特別な存在として扱われるようになった。確かに、私もあなたの美しい黒髪には触れてみたい」
スッと伸びたトータス王子の指先がルリアンの黒髪に触れ、ルリアンは思わず首を竦めた。
「可愛いなあ。
(最低の王子だな。秘書を何だと思っているの? 男性の性欲を満たすために女性秘書はいるわけじゃない。)
「アクアマロンは優秀な秘書です。秘書を甘くみないで下さい。王族なら女性の使用人に何をしても許されると思わないで下さい」
トータス王子はエレベーター内でルリアンを追い詰め、いきなり壁に両手をつきルリアンの体を挟み込んだ。間近に見るトータス王子はトーマス王太子殿下の従兄、髪色は違えど王族としての雰囲気はどこか似ている。
「美しい顔をして、君も無礼だな。秘書室長の教育が悪いのか? それともトーマス王太子殿下の前でしか女の顔を見せないのか? 私にも女の顔を見せて欲しいな。明日から泊まりがけでメイサ妃の御実家に同行するんだろう。まさか国王陛下もトーマス王太子殿下のお遊びを黙認しているとか?」
トータス王子の唇が近付き、ルリアンはローザから教わった護身術を思い出し、右手でトータス王子の腕を掴み、右肘で鳩尾を突いた。トータス王子は「うぐっ……」と、くぐもった呻き声を上げて、体をくの字に曲げてルリアンから離れた。と、同時にエレベーターの扉が開いた。そこには一人の女性が立っていた。
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