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 ―パープル王国・王都―


 公爵家や伯爵家など裕福な家の立ち並ぶ高級住宅街の一角に、広い庭のある白亜の邸宅があった。邸宅の門は自動で開き、二台の車が到着すると邸宅の玄関ドアが開き、ルル・アクアマロンがトルマリン夫妻とルリアンを迎えてくれた。


「ご主人様、奥様、ルリアン様、お待ちしておりました。奥様、早速ですがお部屋をご案内致します」


「わ、わ、私が奥様? こんなお城みたいな邸宅にタダで住んでもいいのですか? 朝日が昇ったら魔法は解けないですよね?」


「奥様、私は秘書のルル・アクアマロンです。ルリアン様の婚約が正式に発表となり、ご成婚されたなら、その後は私はルリアン様の秘書となり、代わりの秘書ベリー・ジョイマンが当家に着任することとなっております。お気付きの通り、執事のショーン・ジョイマンの娘です。それまではこの私に何なりとお申し付け下さい」


「は、はい。ありがとうございます」


 執事のショーン・ジョイマンがタクシーの荷物を邸宅内に運ぶ。タルマンも一緒に段ボールを抱えた。


「ご主人様、そのようなことは私がやりますのでお任せ下さい」


「いえいえ、私達はご主人様とか奥様とか言われるほどの身分ではありませんから、これからも自分のことは自分でやります」


 公用車から降りたローザが、タルマンに注意する。


「ご主人様、あなたはルリアン様のお義父様なのです。王宮より執事と秘書は一人ずつトルマリン家に雇っていますゆえ、なんなりとお申し付け下さい。ご主人様とルリアン様は早朝よりレッドローズ王国に参ります。私は同行致しますゆえ、今夜はこちらに泊めていただきますね」


「もちろんです」


 ローザはタルマンに近付き、耳元で小声で囁く。


「ところでご主人様もルリアン様も、ちゃんと奥様やトーマス王太子殿下にお話をされたのですよね?」


 タルマンとルリアンは互いの顔を見合わせて、首を横に振った。


「なんですと!? ルリアン様、トーマス王太子殿下にお話になっていないのですか?」


「どうしても言えなくて。大体、話しても信じてもらえませんし、別れが辛くなるだけです。私はちゃんとトーマス王太子殿下とお別れをしてきました。『ルリアンだけを愛すと神に誓うよ』と仰って下さいました。赤い万年筆をメトロ・ダイヤモンド公爵夫人のお墓に収めることも許して下さいました。もしも私が現世に戻っても、本当のルリアンをトーマス王太子殿下が必ず捜して下さいます」


「おやまあ、なんということでしょう。ご主人様は奥様には話されたのですよね?」


「それが……私も楽しそうに荷造りしてるナターリアに、とてもじゃないが言えませんでした」


「なんと嘆かわしい。子供みたいにハシャイでおられる奥様の前から、突然ご主人様とルリアン様が消えたらどうなるか……。残された者の気持ちがわかるなら、奥様だけにはお伝えするべきです。私も立ち会いますゆえ、レッドローズ王国に出立するまでに、必ずお話下さい」


「……ローザさん、真実を話す方が酷ではないですか」


「ご主人様はもう何度も事故を起こし姿を消しております。奥様もさすがに何かおかしいということくらい察しておられるでしょう。明日、旦那様とルリアン様はレッドローズ王国に行くことはご存知のはず。あのテンションはわざと明るく振る舞われているのではないですか?」


「……ナターリアがわざと明るく? そういえば、やたらと『朝日が昇ったら魔法が解けるのではないか?』とそればかり聞いてくるのは、ルリアンとトーマス王太子殿下の婚約ではなく、私とルリアンの異変に気付いているからなのか?」


 ルリアンは以前ナターリアと交わした会話を思い出しハッとした。


「前に私がつい『白米と納豆が懐かしい』って言った時に、母さんが『ルリアンを見ているとね。数年前の父さんを見ているみたいで。目の前にいるルリアンが、どことなく娘のルリアンとは違うような……。母親だからわかるのよ。ルリアン、『白米と納豆』ってなに? 『まるで別人に体を乗っ取られたみたいに』って、父さんに言ったよね? ……あなたは本当にルリアンなの?』って言われたことがあるの。その時の私は義父さんがタルマン・トルマリンなのか木谷正なのかわからなかったから誤魔化したけど……」


「ナターリアがそんなことを?」


「ほらごらんなさい。ナターリアさんは賢い奥様です。わざと気付かない振りをされているのではありませんか?」


 タルマンとルリアンは顔を見合わせた。ナターリアがすでに気付いていながら知らぬ振りをしているとしたら、もう二度とこの世界に転移できなくなる前に、膝を突き合わせて話すべきだと。

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