29

 ――三十分後、スポロンがトーマス王太子殿下の部屋に戻って来た。


 ルリアンは手帳に【この部屋に盗聴器か盗撮用カメラが隠してあるかもしれません。お話は小声でお願いします。あとで室内を調べて下さい。】と書いてスポロンに見せた。


 (スポロンは黙読したが、いつもと変わらぬ態度で話し始めた。流石優秀な執事だ。顔色ひとつ変えない。誰かさんとは偉い違いだ。)


「トーマス王太子殿下、大変お待たせしました。国王陛下の許可は取れましたが、やはり護衛をつけるようにとのことです。それともう一人、同伴するようにと」


「もう一人とは誰だ?」


「ローザ・キャッツアイです。ローザさんはもとはと言えばサファイア公爵家がメイサ妃のために雇った侍女です。レッドローズ王国出身ですし、久しぶりに帰郷させてやりなさいとのことです」


「ローザも一緒だって? それじゃあリラックスできないだろう」


「それが国王陛下の条件です。どうされますか? ご不満なら御生母様に逢うのは中止されますか?」


「中止しないよ。しょうがないな。一台は公用車にしろ。もう一台は個人タクシーだ。ローザと護衛車の同行は許すが、ルリアンと二人で同乗することだけは譲れないからな」


 どこまでも子供みたいにだだを捏ねるトーマス王太子殿下に、ルリアンは半ば呆れている。


「畏まりました。それでは個人タクシーには私どもが。個人タクシーのあてはございますか? 私が手配しましょうか?」


「それはルリアンが手配する。秘書だからね」


 ルリアンはトーマス王太子殿下をジロリと睨みつけた。


「トーマス王太子殿下、まさかその個人タクシーとはルリアンさんのお義父さんですか? ルリアンさんのお義父さんは大変申し辛いのですが、二度も交通事故を起こしています」


「ああ、そうだね。それはたまたまだ。死亡事故ではないし、ルリアンのお義父さんは私の義父とも親しい。別にいいだろう」


 (トーマス王太子殿下はレイモンドさんをわざと『実父』ではなく『義父』と呼んだ。私が盗撮用カメラや盗聴器と言ったことを、どうやら信じてくれたようだ。)


「それはそうですが。万が一のことがあれば国を揺るがす一大事です」


「スポロンさん、大丈夫です。義父は七年前とはまるで別人のようで、ことわざも言わなくなりましたから」


「諺とは何ですか?」


 (そうか……。この異世界では諺は使わないんだ。現世の義父はしょっちゅう家で使ってるけど。やはりこの世界の義父は木谷正ではないのかな。)


「異国の流行り言葉です。義父はタクシー運転手ですから、お客様から聞いて覚えたのでしょう」


「そうですか。ではルリアンさん、秘書実習早々ですが、明日より三日間オフのトーマス王太子殿下にご同行下さい。そうですね、秘書の初仕事はサファイア公爵邸にいらっしゃるメイサ妃に日程の連絡をして下さい。それとタクシーの手配をお願いします」


「畏まりました。それでは一度秘書室に戻り連絡して参ります。スポロンさん、あとは宜しくお願いします」


「はい。お任せ下さい」


 ルリアンは敢えてトーマス王太子殿下の応接室の電話は使用せず、一旦秘書室に戻った。スポロンは警備室に向かい、警備員数名とトーマス王太子殿下の応接室に、不審物専用の金属探知機を持ち込み、応接室から寝室、バストイレにいたるまで念入りに捜索した。


 その結果、盗撮用カメラは発見されなかったが、トーマス王太子殿下の応接室のテーブルの下と花籠の中から盗聴器が発見された。その花籠は先日ピンクダイヤモンド公爵令嬢のダリアが、トーマス王太子殿下が帰国したのちに部屋に持ち込んだ物だった。盗聴器は全て撤去され、秘書室のルリアンに伝えられた。


 トーマス王太子殿下は自室に盗聴器があったことに怒りを抑えられない。


「スポロン、まさかダリアさんだったとは。これは犯罪行為だ。捕らえて立件しろ」


「トーマス王太子殿下、本当にダリアさんでしょうか? 確かに先日こちらに来られましたが、ダリアさんはもう婚約されています。今更トーマス王太子殿下の動向を盗み聞きする必要もないと思われます。まだトーマス王太子殿下に未練がおありだとすれば別ですが。結婚式の日取りも決まっておりますから。ダリアさんだとすれば、何者かに頼まれたのかもしれません。ピンクダイヤモンド公爵令嬢を捕らえて取り調べるのはやり過ぎかと。とりあえずトーマス王太子殿下の部屋にメイドや清掃係が入る時も私か警備員が動向を見張り、常に金属探知機で検査致します」


「わかった。スポロンがそこまで言うなら、事は荒立てまい。だが、犯人は突き止めよ。よいな」


「はい。畏まりました」

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