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 ランチのあと、ワイン工場に立ち寄り、運転手以外は試飲を楽しむ。メイサ妃よりお土産にレッドローズ王国の特産品である赤ワインや白ワインをたくさんいただき、トーマス王太子殿下は葡萄畑で両親や弟と別れを告げた。


「トーマス、帰りたくなったらいつでもサファイア公爵家に戻ってきなさい」


 泣きながら別れを惜しむメイサ妃。


「トーマス、自分の決めた道を真っ直ぐ突き進め。父さんはトーマスの生き方を応援してるからな」


 トーマス王太子殿下の心が揺らがないように突き放すレイモンド。


「お兄様、御成婚の挙式にはユートピアを招待して下さいね」


「ユートピア、まだ気が早いよ。でも必ずまた逢いにくるからな。ユートピアはたった一人の弟だ。パープル王国に留学したければ私が力になるよ」


 トーマス王太子殿下は笑いながらユートピアの頭を撫でた。


「私までパープル王国に行けばお父様やお母様が悲しみますから。私はレッドローズ王国のカレッジスクールに進みます」


「そうか。そうだよな。父さんと母さんのことを頼んだからね」


「はい。お兄様」


「それではトーマス王太子殿下とルリアンさんは例のお衣装にお着替え下さい。ほれ、ワイン工場の更衣室をお借りしてますから」


「また、あのヘンテコな衣装ですか? ローザ、変装しなくても大丈夫だよ。無事に帰国できるさ」


「そうは参りません。ほれ、ほれ、金髪のマジシャンになってきて下さい」


 ローザに臀部を思いっきり叩かれ、トーマス王太子殿下は苦笑いをしながら、ルリアンとワイン工場に向かった。


 タルマンはその場で、ローザに帽子を被らされるように金髪のウイッグを頭に乗せられ、悪乗りしてユートピアにハンカチから林檎を取り出して見せた。


 タルマンがその場を和ませている間に、トーマス王太子殿下とルリアンは衣装に着替えていた。トーマス王太子殿下はパープル王国を出立した時と同じマジシャンのような格好だったが、ルリアンは赤いドレスに赤いハイヒールだった。


「ルリアンさん、よく似合ってるわ。それは私が若い頃に着ていたドレスよ。金髪のウイッグに赤いドレス、ハイヒールのサイズもピッタリだわ。私の若い頃にそっくりね。ねえレイモンド」


「そうだね。実に美しい」


 ルリアンの姿を見てローザは頭を抱えている。


「メイサ妃、このようなことをされてはかえって目立ってしまいますよ。ですが……本当によくお似合いで。ご主人様と出逢われた頃のメイサ妃のようですね」


「このドレスはルリアンさんに差し上げます。それと……私ひとつだけ昨夜の話を思い出しましたのよ。ルリアンさんだけにこっそりお話しますね」


 メイサ妃はルリアンの耳元でこう囁いた。


『メトロお祖母様の赤い薔薇が描かれた万年筆はトーマス王太子殿下が持っていますよ』


「……メイサ妃。あ、ありがとうございます」


「さあ、トーマスもうお行きなさい。これ以上一緒にいると、私はあなた達をパープル王国に帰したくなくなります。どうか、お体はくれぐれも大事にして下さいね」


「はい。父さん、母さん、ユートピア、さようならは言わないよ。またね」


 タルマンは個人タクシーの後部座席のドアを開く。トーマス王太子殿下とルリアンはそのまま後部座席に乗り込んだ。ドアが閉まり、メイサ妃はレイモンドに抱きつき涙した。ユートピアは車列が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。


 トーマス王太子殿下もルリアンも、皆の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 ◇


 ―パープル王国―


 深夜、無事にトーマス王太子殿下達を乗せた車列は、王宮に戻った。ルリアンはタルマンが事故を起こすことなく帰国できホッと胸を撫で下ろす。


「私……こんな姿を誰かに見られたら大変だわ」


 トーマス王太子殿下はハットと金髪のウイッグを取った。ルリアンも同様にウイッグをはずそうとしたが、トーマス王太子殿下にとめられた。


「ルリアンはそのままで」


「えっ? このままですか?」


「大丈夫。皆はもう休んでいるよ。私の休みはあと一日残っている。秘書の制服で私の部屋に入るわけにもいかないだろう。そのウイッグと赤いドレス姿では誰もルリアンだとは気付かないよ。それとタルマン・トルマリンさん」


「は、はい。トーマス王太子殿下」


「トルマリンさんは金髪のウイッグはもう取って大丈夫ですよ。二日間ありがとうございました。お義父さんも一緒にサファイア公爵邸に帰ることができ、楽しかったです。二日間の給金はスポロンからもらって下さい。今夜はこちらの美しい娘さんをお借りしますね」


「はいはいどーぞ。えっ? お義父さん? 美しい娘さん? 今夜お借ります? ちょちょちょっとお待ち下さい。お義父さんって何ですか。私はトーマス王太子殿下からお義父さんと呼ばれる筋合いはありません!」

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