【6】赤い薔薇が描かれた万年筆
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―サファイア公爵邸―
ダイニングルームでメイサ妃の家族と一緒に使用人であるローザやスポロン、ルリアンとタルマンも一緒に朝食をした。
ゲストルームもホテルの一室のようだったが、朝食も大変豪華なものだった。昨日のディナーでは、トーマス王太子殿下はルリアンに隣に座るように命じたが、今朝は何も言わず黙って食事をしている。時折、弟のユートピアと談笑しているが、ルリアンに視線は向けない。
特別扱いされるのも困るが、無視されているようでルリアンは少し寂しかった。
「ルリアン、昨夜は赤ワインで酔い潰れたらしいな。トーマス王太子殿下にお姫様抱っこされて部屋に戻ったそうじゃないか。昨夜ルリアンの部屋を覗いたが、もぬけの殻だったが、まさか……」
タルマンは勝手に勘違いしているようだった。ルリアンは食事をしながら小声で話をする。
「ローザさんの部屋はツインルームだったから、ローザさんの部屋でやすみました。二日酔いで頭が痛い。義父さんは飲み過ぎてないでしょうね。運転手が二日酔いなんて洒落にならないよ」
「私は運転のプロだよ。嗜む程度しか飲んでいないよ」
「ほんとにそうかしら? 随分レイモンドさんと盛り上がっていたようですけど。事故なんてしないでよ」
「わかってるよ。これで信頼を取り戻せたら、また王室で雇ってもらえるかも知れないからな」
「それは絶対にナイから」
トーマス王太子殿下とルリアンが一言も会話しないことを不自然に感じたメイサ妃が、ルリアンに話しかけた。
「ルリアンさん、昨夜はかなり酔っていたけど大丈夫でしたか? 実は私もかなり酔っていたので、何を話したのか記憶にないんだけど。変なこと言わなかったかしら?」
「いえ、実は私も全く覚えてなくてすみません。高級な赤ワインなのに品のない飲み方をしてすみませんでした」
「いいのよ。私には娘がいないから、ルリアンさんと話せて楽しかったわ。ねえ、トーマス、今日のスケジュールは?」
「半日くらいしかいられないから、皆とレッドローズ王国の王都にでも行こうかなと」
「それではあなたが目立ってしまうわ。極秘で我が国を訪れてるんでしょう。昨日みたいなヘンテコな変装もかえって目立つし。そうだわ。サファイア公爵家の領地である葡萄畑をご案内したら? 特産品のワイン工場もあるし。広大な土地に美しい山々、青空の下でランチもいいわね? ルリアンさんどうかしら?」
「私ですか? 葡萄畑やワイン工場いいですね。青空の下でランチだなんて子供の頃の遠足以来です。行きたいです」
「そう? 決まりね。ランチは私が作ってもいいのだけれど、ユートピアがいまだに三十点だなんて言うから、それはシェフにお任せするわね」
「三十点ですか? クスッ、メイサ妃がランチを作られるなんて意外です。メイサ妃のお料理を食べてみたいです」
ユートピアが笑いながら、ルリアンに話しかけた。
「ルリアンさんやめた方がいいですよ。お母様のサンドイッチは辛すぎたり、甘すぎたりしますから。シェフに任せた方が美味しいです。ねえ、お兄様」
トーマス王太子殿下はユートピアを見つめて苦笑いをした。
(やはり私とは目を合わせてはくれないんだ。きっと夢の話をしたことを怒っているに違いない。こんなにあからさまにされたら、楽しい旅も台無しだな。私の自業自得でもあるんだけど。トーマス王太子殿下に冷たくされたら、胸が苦しくなる。)
◇
朝食を終えたあと、サファイア公爵家の領地である葡萄畑に向かった。ローザとスポロンは公用車に乗り込み、メイサ妃のご家族はサファイア公爵家の車に乗り込んだ。
私はトーマス王太子殿下とタルマンの個人タクシーに乗り込む。サファイア公爵家の領地なので変装はしていないが、こんな気まずい空気のまま後部座席で二人きりだなんて、息が詰まりそうだ。
「あの……。トーマス王太子殿下は家族水入らずでサファイア公爵家のお車に乗車されてはいかがですか? ほら、数年ぶりのご帰宅ですし、あと半日くらいしかいられないし、次はいつになるのかわからないし。それか、防弾ガラスの公用車の方がよくないですか?」
トーマス王太子殿下は個人タクシーの後部座席に乗り込み私の手首を掴んだ。
「そんなに私と一緒は嫌か?」
グイッと手首を引っ張られ、後部座席に倒れ込む。
「きゃあ、な、何ですか。痛いではありませんか。義父さんの個人タクシーは安全ではないし、トーマス王太子殿下は朝から不機嫌で怒ってるし、目も合わせてくれないし、私が嫌なのはトーマス王太子殿下でしょう。秘書を変えるなら、どうぞそうして下さい」
「私が秘書を変える? 何故だ? まあ秘書は変えてもいいけどな」
(……やっぱり、そうだよね。私、嫌われたんだ……。)
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