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「トーマス王太子殿下は困ったお方ですね。堂々と秘書をお持ち帰りとは」
「ローザ、口を慎め。ルリアンは秘書だが私の恋人だ。それにトータス王子も見間違うほど美しい公爵令嬢に見えただろう」
「このようなことをして、直ぐさまマリリン王妃のお耳に入りますよ。どう説明されるのですか?」
「正直に秘書のルリアン・トルマリンだと話せばよいのだろう」
「まだ時期尚早ですよ。そうですね……。こうしましょう。とりあえず、赤いドレスの女性はメイサ妃の母方のお祖母様であるダイヤモンド公爵家の遠縁の親族の公爵令嬢であると。名前は『メモリー・ダイヤモンド』でいかがですか?」
「国王陛下や王妃に嘘をつけと?」
「いえ、ドミニク一族に嘘をつくためです。御成婚に公爵令嬢の称号が必要なら、ダイヤモンド公爵家の遠縁の親族のご養女になられたらよい。私がメイサ妃にお願い申し上げますよ」
ルリアンはローザの提案に慌てている。
「ローザさん、そのような大それたことは不要です。私のような身分のものが公爵家の養女だなんて」
「メトロ・ダイヤモンド様は記憶喪失の女性で身元すらわかりませんでしたが、ダイヤモンド公爵様が見初められご結婚されました。身分など、どうとでもなるのです。それにダイヤモンド公爵家の遠縁の親族も満更嘘でもないかもしれませんしね」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
「どちらにしろ、赤いドレスの令嬢はメモリー・ダイヤモンドと致しましょう。それではトーマス王太子殿下、昨晩夜這いできなかったとはいえ、あまり調子に乗られませぬように。ドミニク一族は策士ばかり。王位継承するためには、どんな手段を使ってくるかわかりませんよ。トーマス王太子殿下の子が授かれば王位継承順位も変わり、ドミニク一族を蹴散らすことは可能でございますけどね」
「私に子ですか?」
三階に到着しエレベーターの扉が開く。
「私に子……ですか?」
何度も確認するトーマス王太子殿下に、ローザはシラッと言葉を返す。
「さあ、エレベーターから早く降りて下さいな。私は国王陛下にトーマス王太子殿下がご帰国されたことを報告しなければなりません」
「わかりました。ルリアンはメモリー・ダイヤモンドですね。ローザの提案に従います。さあ、行こう」
(……えっ? 従うの? しかも子ってなに。)
「ローザさん、失礼します」
疑問を感じているルリアンの目の前で、エレベーターの扉は閉じた。
ルリアンはローザの『ダイヤモンド公爵家の遠縁の親族も満更嘘でもないかもしれませんしね』という言葉がずっと引っかかっていたが、トーマス王太子殿下の腕に手を添えて、二人でトーマス王太子殿下の部屋に入った。
「もう盗聴器はないの?」
トーマス王太子殿下の耳元で小声で囁く。
「大丈夫だよ。帰国前に警備員に念入りに調べさせた。盗聴器も盗撮カメラもない。二人きりだ」
「……このドレス。ありがたいけれど私には分不相応だわ」
「そんなことないよ。ルリアンは高貴な公爵令嬢よりも、美しくて気品がある」
「トーマス王太子殿下、それは言い過ぎです。気品なんてないと思ってるくせに」
トーマス王太子殿下はクスリと笑った。
「二人きりの時はトーマスでいい。それに今は休暇中だ。ルリアンは今、私の秘書ではない。私の恋人だ。さあ、お姫様、私と踊って下さいませんか?」
まるで童話のワンシーンみたいに、トーマス王太子殿下はルリアンに手を差し出した。ルリアンは秘書研修で社交ダンスも一応習ったものの、男性と踊るのは初めてだった。
踊るたびに赤いドレスの裾は花びらのように揺れる。ハイヒールは履き慣れてはいないが、その赤いハイヒールがルリアンには童話のガラスの靴に思えた。
自然と二人は抱き合いキスを交わした。
そのキスは次第に激しくなる。
「ルリアン、愛してる。でも婚約はもう少し待ってくれないか?」
「婚約しなくてもいいわ。私もトーマスを愛しています」
トーマス王太子殿下はルリアンを抱き上げ、隣室のベッドルームに向かった。ベッドの上に降ろされ、赤いドレスから解放された。
素肌に触れるシルクのシーツの肌触りが、心地よくもあり恥ずかしくもある。
「ルリアン」
――『亜子』
「トーマス……」
――『昂幸……』
瞼を閉じると笑っている昂幸の顔が浮かんだ。でも目の前にいるのは、紛れもないトーマス王太子殿下だった。
それでもルリアンは……。
トーマス王太子殿下に抱かれた。
(昂幸への愛が薄れたわけではない。
昂幸の身代わりでもない。昂幸と同じように、トーマス王太子殿下を愛してしまったから。私は陸に上がった人魚だ……。)
燃え上がるような感情。
トーマス王太子殿下に身を委ね、ルリアンは人魚のように何度も愛の波に揺られながら、深い眠りについた。
◇
「お寝坊なお姫様、私のキスでも目覚めないのかい? もう夜が明けるよ」
「トーマス王太子殿下……」
「ルリアンはあれから爆睡してた。よほど疲れていたようだね」
「意地悪ね。起こしてくれれば良かったのに」
トーマス王太子殿下の腕に抱かれ、逞しい胸に顔を埋める。
窓のカーテンを開けると、白い空が次第にオレンジ色に染まり徐々に赤みを帯びる。変化していく夜明け空。同じ朝陽を見つめながら、その体に刻まれたトーマス王太子殿下の深い愛を知った。
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