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 部屋に戻るとルリアンは目を覚ましていたが、まだ酔いは冷めていないようだった。


「トーマス王太子殿下、どうしてここに? 私のゲストルームはシングルだったはず。ここはツインルームですね。ここはトーマス王太子殿下のお部屋ですか?」


「違うよ。ここはエレベーターの前のゲストルーム。ローザの部屋だ。ルリアンは赤ワインを飲んで酔い潰れたんだよ。気分悪くない? 小型冷蔵庫にミネラルウォーターがあるよ。飲む?」


「いえ、もう大丈夫です。サファイア公爵邸はゲストルームもたくさんあって本当にホテルみたいですね」


「サファイア公爵邸には政財界の重鎮や他国の公爵家や伯爵家も訪問され宿泊されることもある。お祖父様の代から交友関係は広かったからね。その関係もあり、母は隣国のパープル王国の王太子殿下だったお父様に見初められ求婚されたんだよ」


「そうですか。ロマンチックですね」


「ロマンチックか……。お父様のお気持ちは純粋なものだったが、母にはすでに恋人がいた。それが元執事だった私の父だ。ルリアン、君はさっき夢を見ていたのだろう。タカユキという男の夢を。涙を溢していた。もしも母のように、私以外に恋人がいるなら真実を話して欲しい」


「……真実。真実とは何なのか私にもわかりません。私の夢のことならお話しします。夢の中で私はこの世界ではない場所にいました。その場所はこの世界とは風景は異なりますが、この世界の住人と皆顔はよく似ているのです。夢の中で私はトーマス王太子殿下そっくりの男性と恋をしました。この黒髪もこの瞳もこの鼻も唇も、体格も性格もトーマス王太子殿下と瓜二つなのです」


 ルリアンは指でトーマス王太子殿下の唇をなぞる。


「ルリアン、それは本当に夢の話なのか?」


「私の瞳に映るこの世界が本当の世界なら、あれは全部夢の世界……。夢の中での出来事。信じていただけましたか?」


「ルリアン、その夢の世界に行ったりはしないよな?」


「はい。ルリアン・トルマリンはこの世界で生きています。夢の中の私はルリアンではありません」


「では何という名なのだ」


「夢の中の私は亜子あこ、夢の中の恋人は……昂幸たかゆき。この世界は不思議ですね。トーマス王太子殿下を見ていると、夢か現実かわからなくなります。頭がぼーっとしてまだ赤ワインで酔っているようです」


「ルリアン……。私はルリアンを愛している。私がハッキリしないから、そのような不安な夢を見てしまうのだ。帰国したら、国王陛下と王妃にルリアンと婚約したいと申し出る。反対などさせないから。もしも反対されたら、私は王位継承を放棄してもいい」


 ルリアンは首を横に振った。

 そしてトーマス王太子殿下に抱きついた。


「それは望んでいません。あなたは王位継承者です。ドミニク殿下一族に王位継承を譲ってはいけません。それはパープル王国の国民のためにはならないからです。トーマス王太子殿下、どうか私を夢の世界から、こちらの世界に戻して下さい。そうでないと私の心が壊れてしまいます」


「ルリアン……」


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱き締めて熱い抱擁をし唇を重ねた。ルリアンの唇から甘い吐息が漏れる。


 何度もキスを交わし、抱き合ったままベッドに倒れ込んだが、トーマス王太子殿下はキスは交わすもののそれ以上はしなかった。


「まだ酔いは冷めていないのだろう。ゆっくり眠るといい。夢の中でもタカユキではなく私を愛してくれ。ルリアンの心から私がタカユキを追い出して見せる。私だけを見ていて欲しい」


「……はい」


 ルリアンは再び瞼を閉じて、トーマス王太子殿下の腕の中で眠りについた。


 トーマス王太子殿下はルリアンの額にキスを落とし毛布をかけて、ドアを開けた。隣室をノックし、部屋にいるローザに合図をした。ドアは開き、ローザは不安げなトーマス王太子殿下の胸をポンと叩いた。


「お話はすみましたか?」


「ルリアンはまた眠ったよ。夢の中で別の場所にいる自分と恋人を見ていているらしい。ルリアンはこうも言った。『ルリアン・トルマリンはこの世界で生きています。夢の中の私はルリアンではありません』と。夢の中のルリアンは『アコ』恋人は『タカユキ』だそうだ。タカユキは私に瓜二つだそうだ。私は夢の中のタカユキに嫉妬してる。でも夢の中では手は出せない。タカユキからルリアンを奪い返すことはできない」


「ルリアンさんは夢の中ではアコ……。そう仰ったんですね。そうですか……」


「ローザ、どうかしたのか?」


「いえ、何でもありません。トーマス王太子殿下の夜這いも阻止致しましたし、私は部屋に戻りルリアンさんの警護をします。それではトーマス王太子殿下おやすみなさいませ」


「何だよそれ。酔い潰れているルリアンに夜這いなんかしないよ。ローザ、ルリアンの警護を頼む。おやすみ」


 ローザのジョークに口元を緩めながらも、トーマス王太子殿下は複雑な心境のまま、エレベーターに乗り込んだ。

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