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「辞めません。やります」
(こんなことで辞めるわけにはいかない。秘書同士の嫌がらせにも負けない。昂幸の
ローザと秘書室を出たルリアンは、ローザの一歩あとを歩いた。初めに逢ったのは二人のメイドだった。一人は童顔だが二十歳後半、一人は眉の上に黒子がある。
「おはようございます。キャメランさん、ヒラリさん、お疲れ様です。私は秘書室に配属されたルリアン・トルマリンです。宜しくお願いします」
二人は驚いたように顔を見合わせ、立ち止まった。
「おはようございます。メイドのシャロン・キャメランとメリー・ヒラリです。宜しくお願いします」
次に逢ったのは痩せ型で高身長の清掃係の男性。
「おはようございます。レイダーズさん、お疲れ様です。私は秘書室に配属されたルリアン・トルマリンです。宜しくお願いします」
洗濯物が入ったカートを押していた男性が立ち止まる。
「お、おはようございます。洗濯係のトイ・レイダーズです。私のような者の名前まで覚えて下さりありがとうございます。宜しくお願いします」
ルリアンは王宮内を歩いている人物に、次々と同様の自己紹介をした。ルルが教えてくれた暗記方法を参考にして身体的特徴や、王宮内で主に作業している人の氏名を聞き、重点的に暗記をしたことが上手くいき、失敗することはなかった。
ローザは正解してもルリアンを褒めることはなかった。国王陛下の私用の応接室に向かうまでに、五十人以上もの使用人と逢ったが、記憶出来てなかった人には先に自分の氏名を名乗り、相手の氏名を然り気無く聞き出し、再度相手の氏名を言って自己紹介をした。これもルルに教わった方法だった。
国王陛下の応接室の前には警備員も数名配置されていたが、ルリアンは警備員にも自己紹介をした。警備員は自分の氏名を新人秘書が知っていることに一瞬驚いたが、私語を極力制限されている彼らも、ちゃんと挨拶を返してくれた。
これはルリアンが使用人や警備員の氏名を覚えるだけではなく、相手にもルリアンの顔と氏名を覚えてもらうためでもあり、敢えて厳しい課題を与えたのは、ローザなりの考えがあったからだ。
ローザはルリアンのことを、トーマス王太子殿下の恋人として認知していた。実母であるメイサ妃や実父であるレイモンドもルリアンのことは認めている。それであるからこそ、ルリアンには王宮で下働きをする使用人から警備員に至るまで、執事や秘書全ての人物に愛され親しまれる存在にする必要があった。
いずれトーマス王太子殿下の秘書となり、国内の公爵家や議員、国外の国家元首や官僚等からも広く顔と氏名を認められれば、将来的にパープル王国の国民にも愛され、身分の差など関係なく一般人でも王族と御成婚できると、国民には批判ではなく夢を与えて欲しいと思っていた。
あの過酷な課題はそのための第一歩である。ローザは口にこそ出さなかったけれど、僅か一日でこれだけの課題をこなし、笑みを絶やさず柔らかな物腰で対応するルリアンに、将来国王陛下となられるであろうトーマス王太子殿下のお妃が十分務まると思った。
―国王陛下の私用の応接室―
本日は公務はなく、王宮でゆっくり過ごされている国王陛下。ローザは静かにドアをノックする。
室内にいたメイドがドアを開いた。
「国王陛下、新人の秘書のお目通りと、この度秘書室より五名の秘書がドミニク殿下ご一族様の秘書室に異動になったことをご報告に伺いました。そのため国王陛下の第一秘書であるピーチ・マーレットも異動となります。第二、第三秘書を順次繰り上げる予定ですが、暫くはこの私が国王陛下の第一秘書を勤めさせていただきます」
「ローザ・キャッツアイが私の第一秘書を勤めさせてくれるなら心強いですね。その件は事前にドミニク殿下より要望がありました。ドミニク殿下は私の叔父にあたります。ピーチ・マーレット本人からも異動の意向を確認し受理しました。キャッツアイ、室内に入りなさい。秘書室長である君に少し話があります。メイドは席を外して下さい。新人秘書の方は……」
ルリアンは頭を垂れ、直ぐさま自己紹介をした。
「国王陛下、昨日秘書室に配属されたルリアン・トルマリンです。宜しくお願いします。室長と重要なお話があるようなので、私も退室致します」
「ルリアン・トルマリン。もしかして、あの時の女性ですか? これは驚きました。まさか秘書室に配属されたとは。わかりました。室内にお入り下さい」
「……宜しいのですか? 私のような新人秘書はお話の邪魔では……」
ローザが国王陛下に口添えをする。
「ルリアン・トルマリンはアニー・アントワネットに代わり、トーマス王太子殿下の第一秘書に任命するつもりです」
「トーマスの第一秘書ですか。なるほど、それはトーマスの意向ですね。トーマスの第一秘書になるなら入室を許可します。トルマリンさんにも周知していて欲しい話です。入りなさい」
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