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「もしかしたら? 母さんそれって……」


「記憶喪失だった義父さんが、似たようなことを寝言で言ってた気がしたから」


「記憶喪失だった頃の話なら、マリリン王妃の専属運転手だったから、義父さんも運転手の研修で世界史の勉強をしたのかもね。いけない、もうこんな時間。母さん、先に行くね」


「行ってらっしゃい。母さんも急がないと」


 ナターリアはバタバタと食器を片づける。ルリアンは急いで宿舎の玄関を飛び出した。


 (私は恋する人魚姫か……。

 泡になってしまう前に、昂幸の元に戻りたい。)


 ◇


 ―王宮・秘書室―


「おはようございます」


 秘書室の朝礼に間に合うように出勤すると、いつもより人数が減っている気がした。そこにはルル・アクアマロンの姿もない。不思議に思ったルリアンだが、秘書室長のローザから秘書に向けて重要な話しがあった。


「皆さん、おはようございます。皆さんもご存知の通り、宮殿の別宅にドミニク殿下のご一族がお戻りになりました。秘書室の主任だったアニー・アントワネットはドミニク殿下の秘書となり、アラン殿下と三人の王子にも秘書をつけたいとの申し出があり、この秘書室からさらに四名が異動になりました。ピーチ・ルーレット、ベリー・ジョイマン、ローラ・ドローニ、そしてルル・アクアマロンです。ベテランの秘書も多数異動になり、忙しくなるとは思いますが、私も尽力致しますゆえ、新人ルリアン・トルマリンに早く一人前の秘書となれるように皆さんもご指導のほど、宜しくお願いしますね」


「室長、一気にベテランが五人、新人のルル・アクアマロンも優秀なメイドだったと伺っています。国王陛下やマリリン王妃、トーマス王太子殿下の秘書は大丈夫なのですか?  まるであちらが本殿のようですね」


「トリビア・カルロー、あなたも元はマリリン王妃の侍女から、王妃の専属秘書となりました。国王陛下の専属秘書は暫く私が勤めます。トーマス王太子殿下の新しい秘書はルリアン・トルマリンと決定しています。私は暫く国王陛下の秘書も勤めますので、トルマリンさんは見習として同行していただきます。尚、アニー・アントワネットに代わる新しい秘書主任はカルローさんにお願いします。本日の朝礼はこれにて終わりとします。みんなはそれぞれの仕事につくように。トルマリンさん、習うより慣れですよ。昨日の課題はクリアできてますね。本日は私に同行し礼儀作法やマナーをその目と耳と頭脳で学ぶように」


「はい」


 国王陛下やマリリン王妃にはそれぞれ第一秘書から第三秘書までいたが、ドミニク殿下一族の宮殿に五人も異動したため、新人を採用するまでは暫く少ない秘書で担当することになった。


 トーマス王太子殿下は現在秘書はいない状況だ。スポロンさんは優秀な執事のため、秘書の仕事の兼務は可能だが、来賓をもてなすためには女性秘書の方が華がある。この世界も侍女の仕事はメイドに移行し、その代わりに専属秘書というシステムが構築された。


 ルリアンはせっかく仲良くなれそうだったルル・アクアマロンがドミニク殿下一族の秘書に配属されたことがショックだった。


「本当にあの子で大丈夫なのかしら?」


 秘書室を出る間際、わざと聞こえるように陰口を言ったのは、トリビア・カルローだった。トリビア・カルローはポール・キャンデラと交際していた。七年前の事件で殺人未遂で逮捕されたポール・キャンデラは未成年だったためもう出所したはずだが、今もトリビア・カルローとの交際が続いているかはわからないが、解雇されなかったのだから、きっと別れたのだろうと、ルリアンは思った。


 トリビア・カルローはきっとルリアンを快く思ってはいないはずだ。その彼女が秘書主任となったことに、ふと不安は過る。トリビア・カルローはアニー・アントワネットとも親しかったからだ。


 怖じ気づいていると、バシッと背中を叩かれた。


「痛ああ……。ローザさん、痛いですよお」


「小娘みたいな声を出してもダメですよ。もうハイスクールの学生ではないのですから。トリビア・カルローが気になりますか? 彼女はポール・キャンデラにそそのかされ、使用人通用門を解錠したことを認めましたが、あくまでも利用されたに過ぎないとの判決で不起訴になりました。マリリン王妃のお気に入りの侍女でしたから、侍女の仕事がメイドに移行されたと同時に、マリリン王妃の専属秘書に昇格しました。お咎め無しということです。国王陛下もマリリン王妃には弱いですからね。ルリアンさんもあれしきの陰口でヘコんだりしないでしょう。鉄の心臓をお持ちなのですから」


「ローザさん、鉄の心臓だなんて。私は繊細なんですから」


「繊細な女性がトーマス王太子殿下とコソコソお付き合いなんてしませんよ。さあ、国王陛下に御挨拶に参りますよ。昨日の課題のテストです。国王陛下の私用の応接室に着くまでにすれ違った者の氏名を述べ自己紹介なさい」


「えっ、国王陛下の応接室まではかなり距離がございます。何人の方とすれ違うか、誰とすれ違うか、見当もつきません」


「テスト前からギブアップですか? 秘書辞めますか? ご帰宅されても宜しいですよ」

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