第87話「ありがとう。いってきます」

「聞こえてたんだね」

「あんたね。あんなの、余計なお世話よ」

「ごめん」

「べつに……いいけど」


 藤村さんは、ぼそりとそうこぼした。もしかして、照れているのだろうか。


「あんた、なに変な顔してんのよ。応接室はあそこよ」

「あ、うん」


 右斜め向かいにある応接室内には木製のテーブルと、それを挟むように茶色い革のソファーが向かい合っておいてあった。

 藤村さんが奥に座ったので、俺はその向かいに腰かけると、真剣な顔で藤村さんがこちらを見ていた。


「えっと……藤村さん?」

「……」

「怒ってらっしゃる?」

「違うわよ!」


 ほら、怒ってるじゃん!


「一つ、聞いていいかしら?」

「えっと……何かな?」

「東京が奇襲攻撃されたとき、本部に連絡せずに持ち場を離れたのはなぜ? 軍の報告よりも奇襲部隊が多いことに気付いて、単身で向かったって世間では言われてるし、その結果、東都が大きな被害を免れたのも間違いないのかもしれない。でも、納得いかないの。一報入れてからじゃ間に合わなかったの? ……それとも、この話は軍が脚色した話で、真実は違うの?」

「……それは」

「お父さまのあの様子を見るに、あなたから話を聞いて東都防衛の経緯を世間に発表したわけじゃないのは明らかだわ。……どうしても教えてほしいの。高街少佐ですら細かくは知らなかった。けど、あなたがそうしたことを、お母さまは知っていたの? 答えてよ」

「……」


 そうだ。これは、しっかりと話しておかなければならない。俺のわがままで、自分勝手な理由で持ち場を離れたと。そんな大規模な部隊が来ているなんて知らなくて、でも行きたかったから勝手に行ったこと。ちゃんと、話すのが俺の行動の責任だ。


「あのときは……」

「美澄少尉!」

「あっ……」


 話しはじめようとしたタイミングで、ドアの向こうから俺を呼ぶ声が聞こえてしまう。


「美澄少尉。お迎えにあがりました。ご同行、お願いします」

「はい! 今、行きます。ごめん、戻ったら絶対話すから」


 俺は立ちあがりドアノブを握ると、慌てて部屋を出ようとしたところで。


「あなたが何で正体を隠しているのかは知らない」

「え?」


 振り返る。藤村さんも立っていた。拳を固く握り、どうしたらいいのかと、迷うように当惑しているような表情を見せながらも、それでも俺と目を合わせ、そして……。


「あたしはお母さまが信じていたからって、あなたを無条件で全面的に支持したりはしない。それでも……あなたが本気なのは……伝わったから……」


 恥ずかしそうに、それでいてそれを悟られまいとしているような表情を見せながら。


「今は責務を果たしなさい!」


 その一言は照れ隠しであるのだろうと、なんとなく感じた。


「ありがとう、藤村さん。行ってくるよ」


 何かが変わり始めた。それはきっといい方向に。

 そんな嬉しさをひしひしと感じながらも俺は気を引き締め、ドアを開けた。



 ――平成三十四年四月十二日



 鹵獲されたヴォモス機関の奪還のため、地球に取り残されたアグレッサー達による大規模反抗作戦が行われた。

 榛名山に潜んでいたアグレッサーたちは相馬原に向け攻撃を開始するも、これを予見していた日本軍はアグレッサー達に気付かれないように防衛網を構築していた。


 これにより、町中に大規模な被害を出すことなく、その進行を食い止めることに成功。

 アグレッサー残党軍も決死の作戦であったからか猛攻が続き、戦闘が拮抗した場面もあったものの、途中、魔法少女が戦線に加わり戦況は大きく日本軍有利となる。

 士気も向上し、日本軍の被害は軽微なまま、アグレッサー部隊を鎮圧し、戦闘は終了。

 こうして、後に榛名防衛戦と言われるこの戦いは幕を閉じたのである。

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