第79話「向けられた疑念」

 藤村さんの足が、目の前で無残にも飛び散るかと思われた、そんなタイミングだった。


イアカンエトッ展開!」


 幼そうな少女の声が聞こえ、藤村さんへと迫っていたビームはその方向を変えた。

 そして、藤村さんがいる場所へと一人の少女が吹き飛ばされて転がった。あのブロンドの髪は……っ!


「晄!?」


 俺は、藤村さんの足元でマゼンタ色の血を腕から流し、痛そうに顔を歪める晄の下に駆け寄る。


「晄っ! 何でこんな無茶を……」

「えへへっ……失敗です」


 そう言いながら、どうにか起き上がった晄の擬態が次第に解けていく。それを見た藤村さんは目を見開き、何が起こったのかわからないといったふうに立ち尽くしていた。

 だが、今はそんなことにかまけている余裕はない。


 路地を出てすぐの交差点の先に、ビームを撃ってきたアグレッサーがいた。まさか、ビームをはじかれるとは思っていなかったのだろう。驚きで一瞬動きが鈍っているこのタイミングで殺らなければならない。

 俺は、一足飛びにアグレッサーの懐へ飛び込む。さすがのアグレッサーも、これに対応し晄が先ほど使ったのと同じ光るシールドを展開してきたが、それを裏拳に力を込めて砕くと、間髪入れずにアグレッサーのブルート備蓄器官を拳で貫いた。

 アグレッサーは吐血し、白目をむいて力尽きる。


 どうにかなってはいるが、こんな綱渡りな戦闘を繰り返していては、いずれじり貧になる。俺一人だけならまだしも、藤村さんを庇いながらではいつまで持つか……。

 とにかく、退路を確保しなければ。

 そう思い、周りを警戒し始めた矢先。


「晄ちゃん!」


 背後から朱音の声が聞こえた。辛そうに膝をついた晄の横には、朱音がいたのだ。


「朱音!? なんで……逃げたんじゃ」

「渚くん、ごめん。二人の姿が見えたから、つい……ごめんね」

「いや……」


 実際、朱音はともかく晄が俺たちの存在に気付いていなかったら、今頃藤村さんの足は吹き飛んでいただろう。逃げろと言ったのに、と責めるには俺が力不足過ぎた。

 とにかくまずは、朱音と晄を逃がさないとだ。

 そう思い、二人の近くへ歩み寄ろうとしたのだが、


「動かないでっ!」


 藤村さんが俺に銃口を向けてきた。


「……藤村さん?」

「あなた、アグレッサーとつながっていたのね」

「っ違う! 藤村さん、そうじゃないんだ!」

「うるさいっ!」

「っ……」


 藤村さんはゆっくりと俺たちを警戒しながら、銃口の先を晄へと移していく。最悪だ。なんだってこんなことになったんだ。俺が自分の正体を早く言って、変身していればこんなことにはならなかったんじゃないか? また、俺は選択を誤ったのか?

 そんな疑念が脳裏をよぎった俺よりも速く動いたのは朱音だった。


「銃を下ろしてっ!」


 朱音は晄と銃の間に割って入り、両手を広げて立ちふさがったのだ。


「どういうつもり?」

「晄ちゃんは、あなたを助けたじゃない! そんな子に銃を向けるのが、あなたの正義なの!?」

「あなたは騙されてるのよ! こいつは所詮、人間じゃないのよ!」

「晄ちゃんをそんなふうに言わないでっ!」

「……話にならないわね」


 気づいた。朱音の足が、小刻みに震えていることに。

 当然だ。怖いに決まっている。銃口が向けられて平然としていることなんて、できるわけがない。

どうする。どうしたらいい。俺はいったい、どうしたら……。


「朱音さん。ありがとうございます」


 俺が動けずにいるうちに、そう言って朱音の前へと出たのは晄だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る