第58話「自分の目で」
「アグレッサーの一件から、祥子ちゃん焦ってるんじゃない?」
「え?」
「弱ったアグレッサーと戦っただけなのに、祥子ちゃんは相当な痛手を負ったよね? 自分の力不足を痛感して、焦ってるんじゃない?」
「それは……」
確かに事実だ。特に、幸城と言うあたしよりも強い同級生がいることで、余計にあたしは焦燥感を覚えているのかもしれない。
「……あたしより、強い同級生がいるんです」
「えっ……本当に?」
「はい」
高街少佐も、さすがに予想外だったようだ。
「お父さまの差し金、なんでしょうか?」
「あー。……さすがにそれはわからないけど、無いとは言い切れないよね」
「……そうですか」
お父さまが、あたしへの当てつけに強い同年代を近くに派遣したとか? それは、さすがに考えすぎか。
「ねえ、祥子ちゃん」
「……なんですか?」
「焦るのは仕方のない部分もあると思う。でも、自分の目でちゃんと見て、冷静に判断して、納得のいく答えを出したほうが良いよ?」
「はい。わかっています」
「祥子ちゃんは優秀だもんね」
努力を認められていることが嬉しかった。それが、励ましの言葉だったとしても、高街少佐は本心からそう言ってくれる人だから。
「高街少佐にそう言ってもらえると、自信が持てます」
「あー、うん。……でも、私もいっぱい間違えたから」
「え?」
高街少佐は困ったように苦笑いしながら、天を仰いだ。
「自分の気持ちがさ、キャパオーバーになっちゃうと、逃げ道作りたくなっちゃうんだよ」
まさか、そんな言葉が高街少佐の口から出てくるとは思ってもいなかった。
「高街少佐でも、そんなことがあるんですか?」
「あるよ。いっぱいある」
高街少佐は、悔やむように真剣なトーンでそう言った。
意外だった。あたしの知っている高街少佐は、完璧で理想的な軍人だったから。
「私、自分の無力さを棚に上げて、頑張って戦ってくれた仲間を責めちゃったことがあるんだよね」
「……そんなことが?」
信じられない。
「うん。どうしようもないことって、いっぱいあるんだよ。戦場では特にね。なのに、罵って、その人のせいで仲間が死んだみたいに言っちゃったんだ。本当に、バカなこと言ったと思う」
高街少佐はいつも優しくて、相手の気持ちを汲み取れる人だ。人の努力や行動を褒めこそすれ、責めている姿なんて想像もできなかった。何しろ、こんなに悔やんでいる高街少佐を見たのは初めてだった。
「私もその時は、頭に血が上っちゃってたんだ。後で聞いたら、その人は悪くなかったみたいなんだけどね。……感情の行き場がなくなって、あたっちゃったんだよ。私、本当に最低なこと言ったんだ。……だからさ、そんなに敬われるような人間じゃないよ」
高街少佐はうつむき、苦虫を噛み潰すように顔を歪めた。それだけ、苦い思い出なのだろう。だから、そんなことはないです、なんて安っぽい言葉を返す気持ちにはなれなかった。
「その人とは?」
「あー。それきり会えてないんだ。謝ることもできてない。……本当に後悔してる。ちゃんと話を聞いてあげなかったこと」
悲痛そうな表情から一転、明るい笑顔になった高街少佐は、あたしを見ると。
「だから祥子ちゃんは、ちゃんと自分の目で見て本質を判断するんだよ? 辛いこともたくさんあると思うけど、焦っても良いことないからさ」
「……はい」
高街少佐の言葉の真意が、この時のあたしには、まだわからなくて。
ただ漠然と、自分の信念を貫けばいいんだと、そう思い込んでいた。
あたしの見ていた世界がいかに狭かったのか、この時はまだ、知る由もなかったから。
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