第四章「似て非なる願い」
第44話「父」
「祥子」
「……お父さま」
放課後、あたしの住むマンションの前の通りに、黒塗りのクラウンロイヤルサルーンが停まっていた。運転手が後部座席のドアを開けると、そこにはガタイのいい白髪の軍人……お父さまが乗っていた。
「祥子、乗りなさい」
「……」
急に、何の用だろうか。
いや、要件なんて決まっているようなものだろう。昨日のアグレッサーの件以外に、わざわざお父さまがあたしのところにやってくるとも思えない。
お父さまは、あたしの証言を疑っているのだろうか? でも、経過はどうあれ、あたしがとどめを刺した。それは嘘じゃない。
自分でそう思いながらも、でも、それは言い訳に過ぎないとわかっていた。だから、責められるんじゃないかと怯えた足が前に出てくれない。
でも、ここで引いたら負けな気がした。
「失礼します」
あたしは、いたって平常通りのトーンを意識して一言断りを入れてから、車に乗り込んだ。
運転手によりドアが閉められると、お父さまはすぐに口を開く。
「昨日のアグレッサーの件の詳細が聞きたい」
やっぱりだ。
「……それは、もう話しました」
「……真実を話せと言っているんだ」
「っ!」
あたしの話を聞きもしないで、はなから違うと断じている。
意味がわからない。あたしは確かにとどめを刺しただけかもしれない。でも、それは嘘じゃないし、意表をつく形であったとはいえ、足に一発入れているんだ。
なのに……なんでこんな一方的に圧をかけられなきゃならないんだろう。
「お父さまは、あたしのことが信じられないのですね」
「何を言っている」
そうか、さすがに信じてくれるんだ。それはそうだよね。だって、あたしのお父さまだもん。
「祥子はまだ十六才だ」
「……え?」
「弱っているとはいえ、アグレッサーを倒せるわけがない」
「っ!」
何よそれ。普段、ろくに顔を合わせもしない上に、戦後はほとんど話もしていない。そのくせ、あたしのことを全部分かったような口ぶりで勝手に断じてくる。
急にやってきて、言うことがこれ?
何なのよ、いったい。こんなの、納得いかない。
「決めつけないでください」
真剣だった。話を聞いてほしかった。あたしの気持ちとか、想いとか、ちゃんと伝えれば、お父さまならわかってくれるって、そう思った。思っていた。
なのに、お父さまから返ってきたのはため息で。
「……護身用に銃など持たせたのが悪かったか」
「っ!」
「祥子、あまり思いあがるのはやめなさい。身の丈にあったことをするべきだ」
「っ……信じられない! 何よそれ!」
なんで話を聞いてくれないの? 自分の考えばっかり押し付けて、私のことなんか、まるで考えてくれてない。……何でよ。
「祥子。感情的になっても、事実が変わるわけじゃない。もう少し大人になりなさい」
「っ! 子ども扱いするくせに、大人になりなさいって、ふざけないでよ!」
「祥子。親の言うことは聞くものだ」
「親だからって、自分が正しいと思い込んで押し付けないで!」
あたしは車のドアを開けると、逃げるようにその場を後にした。
お母さまならわかってくれたのに、なんで理解してくれないの?
幸城とかいうあいつも、あたしを否定した。仲を深めたいとか言ってたくせに、あたしをバカにした。お父さまも、あたしの話なんか聞きもしないで、はなから否定してくる。
「なんでっ……なんで、誰もわかってくれないのよ!」
誰に何を言われようと、あたしは決して折れないし負けない。
あたしは、あたしのことをわかってる。
あたしは、お母さまのような立派な人間になるんだ。そのためには、努力は惜しまない。
そのうち、お父さまだって認めざる負えなくなるはずなんだ。
今は煮え湯を飲んでも、絶対に強くなって、あたしが正しかったって、証明して見せるんだ。
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