第21話「大事だって想うから」
顔に照り付ける朝日がまぶしくて目が覚めた。決して気分の良い夢ではなかったが、寝起きとは思えないくらいに頭は冴えていて、すっきりとした目覚めであった。
「なんで、今になってあんな夢……」
最近見てなかったのに。……まあ、昨日の話を聞いたから、だろうな。
……東京の住宅街にあった二階建ての一軒家。それが俺の実家であり、そして、あの日半壊した。
夢の内容を思い出し、過去の体験を思い起こしてしまったからか、急に心細さを感じ始めてしまう。
まるで、あの日を今体験したような感覚に襲われ、不安感に襲われて、今が夢なのではないかと、そんな錯覚にすら陥りそうだ。
違う。そんなことはない。
俺は自分に言い聞かせるように、必死に首を振ると、今ある平穏を確認するように室内を見回した。そこは、もうすでに見慣れた群馬の戦争被害学生用マンションの自室だ。
「はぁ……」
ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。もう、今は大丈夫だから。
……でも。もちろん、忘れることなんてできるはずがない。
平成三十一年九月一日。後に本土防衛戦と呼ばれるあの戦いが、すべての始まりであり、俺が、魔法少女になった日でもあるのだから。
自作の変身セリフを叫んだ結果、力を使うトリガーがあの言葉になっちゃうし、自分の力のイメージが反映されるからって魔法少女に変身しちゃうし。今になっても、まったく笑えない。
「こういうの、フィクションだったら面白いんだろうけどな」
それから俺は、魔法少女として多くのアグレッサーを手にかけた。
西日本を半ば手中に収めていたアグレッサーが東海道沿いを東進してきて、御殿場三島付近まで到達したため、富士裾野演習場付近で迎え撃った坂東防衛戦。
東都上空に現れたアグレッサー母艦の迎撃鹵獲を行った第一次東都防衛戦。
……きりがない。思い出したくもない。殺した。殺された。数えきれないくらい、たくさんの死を目にした。
そこには絶望しかなくて、俺はただ我武者羅に、今を生きることに精いっぱいだった。
魔法少女マジカルプリティーは偉大だ。俺とそう変わらない年齢でありながら、悩みつつもまっすぐ突き進んで、すべての人の笑顔と平和のためにめげずに戦う。
……俺にはとてもじゃないが、できなかった。現実は残酷だということを痛感しただけだった。
俺が魔法少女? ふざけんな。できそこないもいいところだ。力不足で、何も守れなかった、無力なただの一般人だ。
その証拠に俺は……。
――あんたのせいよ……あんたが殺したようなものよ! あんたのせいで……っ!
「っ!」
フラッシュバックするその言葉は、俺の心を未だに鋭利に突き刺してくる。逃げだすようにベッドから飛び出て、机の上のペンダントを手に取る。すがるように見つめても何かを答えてくれるわけではないのに、それでも何かを求めてしまう。
「マジカルプリティーなら、こんな時どうするだろうな」
結局、昨日聞いた話に対して答えを出すことはできていなかった。
出会ったあの頃では考えられない晄の屈託ない笑顔を見ていると、事のあらましを説明して不安にさせるのは嫌だった。
正直言って現実逃避をしたかった。
まだ考える時間はあると、逃げ道を作りたかった。
あえて平静を装い身支度をすませると、家を出た。
今日から授業開始なので、勉強もそこそこに軽い世間話や自己紹介程度で一日が終わっていったのは不幸中の幸いだった。
メンタルが時間経過とともに削られているうちに放課後になっていた。授業内容など微塵も覚えていない
今日も朱音と一緒に帰る約束をしていたが、放課後に係の仕事が入ったとのことで、俺は一人寂しく帰ることとなった。新学年二日目から仕事がある係とか、俺はそんなのごめん被りたい。まあ、朱音は真面目だから案外しっかり仕事があるほうが落ち着くのかもしれないが。
落ち込んだ気分を回復できないかと、藤村さんとの帰宅を試みようとしたものの……声をかける前に、さっさと教室を出て行ってしまわれた。
……これは本格的に避けられてるな。
けっこう凹みつつも、仕方がないので時間つぶしに遠回りをして下駄箱に向かうことにした。帰宅し自室にこもっているよりは、放課後の空気を感じながら校内散歩と洒落こんだほうが、少しは気分が紛れるかと思ったのだ。
もしかしたら、朱音の仕事が早く終わって、バッタリ遭遇するかもしれない、などと淡い期待をしつつ、ほとんど使われることのない奥の北館を通って、下駄箱へ向かうルートを選んだ。
二年生の教室がある本館二階から北館まで五分ほどかけてゆったり歩きつつ、耳を澄ませる。
最近では部活を始めるほどに活力を取り戻した生徒もいるらしく、戦前ほどの活気はないものの、アップを始めた運動部の声が外から聞こえてきた。
……平和だ。
ふと、足が止まる。
この平和が、明日消えるかもしれない。
それは、考えたくもないことで。でも、あり得るかもしれないことを俺は身をもって知っている。
あの日までは、両親とお姉ちゃんと……四人で、仲良く暮らしていたんだ。両親が家にいることなんて稀だったし、四人全員家族団らんってことも珍しかった。けど、それでも幸せな時間だったんだ。
授業参観とか、運動会とか、文化祭とか。そう言う行事には、どんなに仕事が忙しくても顔を出してくれた父さんと母さん。
夏休みと冬休みは必ず家族旅行に行った。俺はインドア派だったから、あんまり歩きたがらなかったけど、お姉ちゃんがいつも俺の手を引っ張って連れまわされて、そんな俺たちを笑顔で見ている両親の姿は今でも鮮明に思い出せる。
その時は当たり前すぎて、何とも思わなかった。
けど、あの時間が戻ってくることは、もう二度とない。
当たり前だと思っていた幸せが、いきなり理不尽に奪われるなんて思っていなかった。もう、あんな思いをするのは嫌だ。
でも、戦うのは怖い。俺の手で救えなかった人たちへの罪を背負っていけるほど、向き合えるほど、俺は強くないから。
「でも……もう、失いたくないよ」
答えなんて、出ているようなものなのに。それでも、自分の心が決まっていないのなら、それは答えが出ているとは言えないのだろう。
考えれば考えるほど頭がごちゃごちゃになって、涙が出そうになった。そんなときだった。
「~~っ! な……ふざっ……っ!」
丁度階段の前にいたからか、下から声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます