第20話「変身」

「お姉……ちゃん? っ! お姉ちゃん! ねえ、なんで? どうしてっ……こんなの違う! 違うんだから、起きてよ!」


 目の前の光景を受け入れることなどできるはずもなく、感情に任せて出てきた言葉を叫び続けるが、お姉ちゃんはそのまま動かない。

 そこに、一つの陰が落ちた。

 見上げるとそこには、空から降りてきた人間のようながいた。黒光りした金属のようなパワードスーツは柔軟な人間の動きにしっかりと追従していて。

 ああ、こいつら宇宙人なんじゃないかな。

 なんて、この期に及んで現実逃避のように、そんな感想が脳裏をよぎった。無防備に露出したそのの顔を見て、その感想は確信に変わる。柑子色の髪に薄紫の肌。どう見ても地球上の生物でないことは、なんとなく理解した。


 ああ、そうか。死ぬんだな。

 映画なんかのプロローグで、世界の危機を表現するためにサクッと殺されるモブ。それが俺で、今この世界のあちこちで起きているであろう出来事なのだと理解した。


「ああ、クソ……」


 魔法少女なんて現実にはいない。誰も、ピンチに駆けつけてくれたりはしない。当然、俺が主人公になれるはずもない。

 もう、マジカルプリティーも見れないのか。

 表情を失うほどの絶望の中、涙だけが無意味に垂れ流しになり続けていることに今になって気づきながら、異星人が俺に向けたこぶしを見つめることしかできなかった。……が。


「ッ!」


 異星人の顔が驚きに染まった次の瞬間、その体は青白い光で後方へと吹き飛ばされていた。


「……え?」


 振り返るとそこには、金髪碧眼のとても小柄な少女が立っていた。身にまとっているのは、異星人と同じパワードスーツのようなものであったが、ボロボロで。少女も立っているのがやっとと言うように、足を引きずりながら俺たちのほうへとやって来ると。


「ヒト、ソレ、タタカウ」


 少女がカタコトに発した言葉の意味が、俺にはさっぱりわからなかった。


「ヒト、ナゼ?」


 少女はお姉ちゃんを指さし、困惑したように俺を見つめてくる。お姉ちゃんが、どうなってるかなんて、見ればわかるだろ。


「襲撃うけてこのありさまだよ! なんか知ってるなら助けてくれよ!」


 藁にもすがる思いで俺は叫んだ。だが、少女は絶望したような顔をし、続けた。


「ヒト、ユキシロユミコ?」

「……そうだよ。お姉ちゃんの名前なら幸城由美子だよ……だったら、なんだって言うんだよ!」

「イシキ、ム?」

「見ればわかるだろっ!」

「……チカラ、ツカウ、ダメ、ヒト」

「え?」


 少女は膝から崩れ落ちると、手に持っていた四角く薄い何かをギュッと握りしめていた。

 そんな少女に気をとられていると、


「アゴスケツトァガイェカズフ!」


 さっき吹き飛ばされたはずの異星人が、何かを叫びながら起き上がってこっちを睨んでいた。


「アヂソロギルバン」


 謎の言葉と共に憎悪に染まった表情を浮かべながら、異星人は俺たちに近づいてきた。

 少女が現れたとき、もしかしたら助かるかもしれないと、そんな淡い期待をしていた。でも、希望の光は潰えた。


「ヒトッ!」

「え?」


 死を覚悟することもできず、絶望した俺の腕を少女は引っ張ってきた。

 振り向くと、強い期待の眼差しで俺を見つめている。


「ヒト、ユキシロユミコ、チカイ?」

「ちかい!? どういう意味だよ!」

「タタカイ、スル。チカラ、ツカウ!」

「っ!」


 まさか、戦う力を俺にくれるって言うことか? いやいや、アニメの展開じゃあるまいし……。


「ヒトッ!」


 そう言って少女が俺に渡してきたのは、先ほどまで強く握りしめていた白く薄い四角の……コンパクトだった。


「カイ!」

「かい? あ、開か!」


 あわててコンパクトを開けると、虹色の光があふれだした。


「なんだよ……これ……」


 その光景に、異星人さえも驚愕したように足を止め、


「ウトァナ、カバヘ……ロサンノス!」


 何かを叫んでいる。


「ヒト! チカラ、アナタ!」

「え?」

「アナタ、チカラ、ナニ!?」

「俺の力……」


 戦う力。こんな惨状を終わらせる力。目の前の理不尽を解決する力。大切な人を守れる力。

 そんな力、俺にはない。

 けど……。


「けど……魔法少女なら」


 魔法少女なんて、フィクションの都合よく描かれた幻想に過ぎない。そんなこと、もちろんわかっているさ。

 それでも、こんな惨状を笑顔に変えてくれる存在はきっと……。


「ヒト! ネガウ! ツカウ!」


 異星人は少女の叫びで我に返ったようで、俺に向かって腕を向けると指先から青白い光線を放ってきた。だが。


「ッ!」


 俺の周りに輝く光がその光線を弾き妨げた。


「ヒト! ハヤイ! ツカウ!」


 そうだ。こんな、アニメのようなことが起きてるんだ。

 アニメのような奇跡が起きたって、いいじゃないか。

 願う。想う。祈る。求める。

 この理不尽を覆せる奇跡を、希望を……。


「俺は一つしか知らないっ!」


 だから、俺は叫んだのだ。



 ――ヴェレ・アオローラァァァァァァッ!


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