第65話「相模湾防衛戦」
相模湾防衛戦。それは、アグレッサーとの戦争において、最後に行われた大規模攻防戦であった。
前線拠点として使用されていた鎌倉高等学校内、一階の角に設けられた秋桜支隊用待機室に、俺と冨士村さんはいた。
俺は、いつものように魔法少女の姿でフリフリの戦闘服に身を包み、冨士村さんは全身黒の試製三型対ブルート戦闘用特化兵装、通称ネメシススーツを身にまとっていた。
ネメシススーツは防弾、防刃、緩衝、そして何より一定出力のブルートによる攻撃の無効化を可能とした対アグレッサー用戦闘服であり、その最新型が配備されているのは秋桜支隊の部隊員だけだ。ほかの陸軍兵には二つ前の試製初期型をベースに量産した八○式対外宇宙生命体戦闘用服が配備されているらしい。正式採用された八○式は迷彩塗装が施されているが、それ以外に外観の差はほとんどない。ただ性能は、試製三型より数段劣る。けど、急造で量産配備するには初期型ベースが限界だったのだろう。
「冨士村さん。これで本当に、最後の戦いになりますか?」
パイプ椅子に座り、半ばうつむき気味だった俺は顔を上げ、冨士村さんに不安な気持ちをぶつけた。
冨士村さんは、まるで我が子でも見るかのように俺の近くへ歩み寄ってくると、両膝をついて腰をおろし、俺の目線と合わせてくれた。
「大丈夫。これで、きっと平和になるわ」
風で揺れる冨士村さんの黒髪は、出会ったときと比べると伸びていて、後ろ髪は肩にまで届きそうなくらいになっていた。
時間の経過を実感させられる。けど、それでも確かに前へと歩んできたのだ。
「冨士村さん。私、必ずこの戦争に終止符を打って……」
見せます。そう、言い切るつもりだった。けど……言葉が出なかった。
約一年前、すべてが始まった。
俺が魔法少女となり、アグレッサーから地球を奪還するために戦ってきた一年間。
そのほとんどを、冨士村さんが俺の横で支えてくれた。
俺の戦いを支えるための部隊を日本陸軍の中で結成するように直談判してくれたのも、俺の存在を軍に納得させてくれたのも、すべて冨士村さんだ。
ずっと、俺を支えてくれた。なのに……。
俺はずっと弱いままだ。魔法少女のように、すべての人を笑顔にするために戦うことができていない。目の前の火の粉を払うことで精一杯だ。
俺が、俺の力が人類にとっての切り札であるのに、その重責を背負う覚悟が未だにできずにいる。だから、多くの人間を犠牲にしてきた。何人もの人を守れなかった。
そんな俺が終止符を打てるなんて、そんな言葉を言っていいわけがない。
再びうつむいてしまった俺を柔らかく暖かい何かが包んだ。
冨士村さんだった。
「気負わなくていいのよ。もう、
「それは……違います。私一人では何も……」
「そんなことないわ。あなたが母艦を落としてくれたから、ヴォモス機関を手に入れられた。それがなかったら、ブルートの研究が今ほど進んではいなかったはずだし、対ブルート用兵器の製造だって、あなたが基礎設計案をだしてくれなければ、ここまで迅速に配備されることはなかったはずよ? あなたがいなかったら、本当に私たちは戦う手段が限られてしまっていたんだから。……胸をはりなさい」
「……ありがとう、ございます」
ヴォモス機関を手に入れられたのは、晄が母艦の位置を特定して撃ち落とす術を教えてくれたからだ。対ブルート用兵器の基礎設計図だって、晄が用意していたものだ。
どれも、俺のおかげなんかじゃない。
でも、戦う力を俺は持っている。今は泣きごとを言っている場合じゃない。
目の前の重責に押しつぶされそうでも、立ち上がらなければ後悔するのは自分自身だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます