第66話「最悪の急報」

「冨士村さん、私……」


 決意を胸に、今の気持ちを伝えようとしたところで、入り口のドアが勢いよく開け放たれた。


「歓談中、失礼します!」


 そう言って飛び込んできたのは、冨士村さん直属の副官である女性、高街中尉だった。高街中尉は焦った様子で言葉を続ける。


「相模湾沖にて作戦行動中の我が偵察班より入電です! 我、敵影確認セリ。敵規模ヨリ残存本隊ト覚ユ。敵、想定航路ニテ進軍中。会敵マデ推定三○分」


 冨士村さんは立ち上がり、脇に置いてあったフルフェイスのヘルメットを手に取ると、表情が一変した。


「高街中尉、至急作戦本部に連絡を! 陸軍の展開は完了しているのよね?」

「はっ! 滞りなく」

「よしっ! 秋桜支隊もでるわよ。第一から第八までの各特殊戦闘歩兵大隊に出撃命令!」

「はっ!」


 高街中尉が走り去って行くのを見送った冨士村さんは、俺の目をまっすぐに見つめ。


「行きましょう」


 その言葉に俺は気を引きしめ立ち上がり、うなずいた。

 そんなタイミングで、俺のスカートに取り付けられた変身用コンパクトが振動した。通信だ。


「冨士村さん、すいません」


 俺はそう一言断ると、コンパクトを手に取り開く。ここに連絡ができるのは……。


『お兄さん、今大丈夫ですか!』


 コンパクトデバイスを使った通信は念話のようなもので、当人以外に声は聞こえない。


「どうしたの、晄」


 どうにも声が切羽詰まったように聞こえるが。


『小隊規模のアグレッサーが東京湾水中から進行しています!』

「っ! それ、本当!?」


 そんな情報、軍はつかんでいるんだろうか……。

 俺のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、冨士村さんは心配そうな表情で俺に話しかけてきた。


「どうしたの?」

「……東京湾から水中経由でアグレッサーが進軍しているのを晄が察知したみたいで……」

「っ! 軍本部に今すぐ連絡をしないとっ!」


 冨士村さんは焦ったように部屋を飛び出していった。

 俺の協力者であるということで、晄とは何度か面識があったはずだが、それだけだ。それでも、軍部の人間でもない晄の話をすぐに信じてくれる。いや、俺の言葉だから信じてくれるのだろう。その信頼には、俺も答えなければならないと強く思う。


「晄、連絡ありがとう。相模湾のアグレッサー本隊が、もう目の前なんだ。……行ってくるよ」

『お兄さん……あの……』


 ん? まだ何かあるのか?


『お医者さん先生には口止めされてたんですが……いま、朱音さんのお母さんが都内にいるんです』

「っ! どういうこと!?」


 朱音と一緒に疎開していたはずじゃなかったのか。


『実家の両親がまだ、疎開していなかったようなんです。それで……』


 戻ってきてたのかよ。


「何でよりによって、こんなタイミングで!」

『疎開は順次行われていますが、受け入れ先にも限界があったみたいで、この時期になっちゃったみたいなんです。その手伝いに、朱音さんのお母さんは来ていたみたいで……』

「っ……」


 どうする? 相手は小隊規模だ。

 わざわざ俺が出向かなくても、東都防衛部隊は精鋭ぞろいのはずだ。けど……。

 俺の迷いを感じ取ったのか、晄もしばらく沈黙してしまう。


『お兄さん……ごめんなさい』

「いや……」


 謝られるようなことじゃない。今は、戦いに出なければ……。けど、もし、朱音のお母さんまで死んでしまったら……俺は……。


「どうしたの?」


 その声はドアのほうからだった。俺が動揺しているのが、顔に出ていたのだろう。冨士村さんは心配そうにこちらを見てくる。


「冨士村さん……」

「軍部には連絡したわ。私たちは私たちの仕事をしなきゃだけど……。なにか、あったのね?」

「……いえ」


 今は、私情を挟んで良い時じゃない。

 は、魔法少女でなければならないから。

 魔法少女は一人でも多くの笑顔を守る存在なんだ。人の命に優劣をつけるわけには……。

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