第54話「知っていてほしい」
「行こう、渚くん」
「うん」
再び歩みを進め、俺たちは間もなくマンションへと到着した。
いつも通りそこにはセンチュリーがいて、スタンバイしていた執事が俺に深々と頭を下げてきた。俺は朱音とともにセンチュリーに乗り込み、朱音宅へ向け揺られて行く。
しばらく無言が続いたが、その空気がなんとなく嫌だった俺から朱音に話しかけ、今日の学校での出来事を聞いたりした。丁度、話が盛り上がりはじめたタイミングで、センチュリーは朱音宅に到着した。
「いらっしゃい」
朱音と二人で入ってきた俺たちを待ち構えるかのように、涼太郎さんはわざわざ出迎えにやってきてくれていた。
「ただいま、お父さん」
「お邪魔します」
「お帰り、朱音。……幸城渚くん、準備はできているかな?」
「はい。晄は?」
「今、リビングで私の両親と談笑しているよ。すでに準備はできているようだったね」
「そうですか」
全員の準備が整ったことを確認した涼太郎さんは、朱音へと視線を移す。
「朱音。朱音はお爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に……」
「お父さんっ!」
いつもの朱音からは考えられないほどの勢いと声量で、涼太郎さんの言葉を遮った。
「どうしたんだい? 朱音」
「私も一緒じゃダメかな?」
訴えかけるような朱音のその言葉の真意を、俺は今、初めて理解したのかもしれない。
思えば、何かがあったとき、朱音はいつも席をはずしていて、それが当然のことだった。朱音に危険が及ばないようにするための配慮であることは、朱音自身、理解していないわけじゃないだろう。けど、それじゃ嫌だと、身近な人間の身に問題が起こるかもしれないのに、蚊帳の外でい続けるのは嫌だと、そんなのは辛いと、俺に伝えてくれた思いを涼太郎さんにも伝えるために、朱音はきっと勇気を振り絞ったんだ。
そして……涼太郎さんが、そんな朱音の心情をわかっていないはずがない。そのうえで、涼太郎さんはどんな回答を返すのだろうか。
不安と共に向けられた俺の視線に気づいたのか、涼太郎さんはこちらを見ると、成り行きを察したように、一瞬、申し訳なさそうな表情を見せた。
朱音の言葉を肯定しない。そういうことなのだろう。
……どうにかしたかった。どうにか、涼太郎さんからの許可をもぎ取りたかった。
俺は、言葉を探す。朱音を援護できる何かがないかと。でも、うまい言葉が見つからなくて。そうこうしているうちに、俺より先に口を開いたのは涼太郎さんだった。
「朱音。これは、他者が簡単に知ってはいけない部分が含まれる話なんだ。どんなに仲がよくても、すべてを知ろうとするのは身勝手なこともある」
「お父さん……私は、そんなつもりじゃ……」
涼太郎さんが、俺たちのことを思って言ってくれていることは理解できる。
でも、悲痛そうな朱音の表情を前に、無言でいることはできなかった。
「あのっ!」
「何かな?」
うまい言葉とか、言いくるめるための知恵が働くわけでもない。だから、まっすぐに。
「俺は、朱音に一緒に来てほしいです」
きっと、これで良いんだ。
俺の言葉に反応したのは、涼太郎さんではなく朱音だった。
「渚くん……」
ただ一言。けど、安堵したようで消え入りそうな声音だった。
「幸城渚くん。それは君の自由だけどね、朱音のためにも知らないほうが良いこともあると思っているんだよ」
「……そうですよね。でも、俺が判断します……いえ、させてください」
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