第55話「迷いも不安もないから」

 俺の言葉に少々面食らった様子の涼太郎さんだったが、すぐに厳しい目を向けてきた。


「幸城渚くんの問題だからね。勿論、私に止める権利も権限もないよ。ただ、現実を目の当たりにした時に、今までの関係が崩れることなんて、そう珍しくはないんだよ。お互いの関係性は信頼によって培われたものであるかもしれないが、そこを妄信してはダメなんだよ。自分にとって大きな問題を、誰かに受け止めて、受け入れてほしいと思うことも、それを受け止めて受け入れたいと思うのも、信頼関係がある人間同士なら、当然の感情だとは思うよ。でも、だからこそ脆いんだ。それをわかっているのかい?」

「はい」


 本当の意味ではわかっていないのかもしれない。それでも俺には肯定以外の答えはない。だって、即答できるくらいには、朱音を疑うことなんて考えられないから。


「では、一つだけ聞かせてもらうよ。もし、朱音が事実を受け入れられない場合はどうするんだい?」


 まったく、涼太郎さんも人が悪い。そんなこと愚問だろうに。


「今までも、何度も俺のことを受け入れてくれました。何度も何度も、そんな彼女に俺は救われました。……そんな彼女が、受け入れられないのだとしたら、きっと俺も自分を受け入れることなんてできません」


 俺は得意げにそう告げた。だって、迷いも不安もないのだ。それが脆くてまずいというのなら、もうどうにも言いようがない。

 俺は、俺のことをこれだけ知りながらも、ここまで俺のために考え、思い、動いてくれる朱音を微塵でも疑うことなんてできない。できようはずもない。

 だから、はなから迷いなんてあるはずがないのだ。


 俺の言葉に、しばらく表情を変えずに黙っていた涼太郎さんだっが、困ったようにため息をついて見せた。……嬉しそうに。

 涼太郎さんは朱音のほうへと顔を向けると、


「準備、してくるなら急ぐんだぞ」

「あ、うん! 急ぐから、ちょっと待ってて!」


 表情がパッと明るくなった朱音は慌てたからか、階段を踏み外しそうになりながらも、自室のある二階に上がっていった。

 放課後、会ったときから元気のなかった朱音の心からの笑顔が見られただけで、一安心だ。


「娘も幸城渚くんも、年相応に青春していていいことだね」

「……」


 それは、ほめてるんでしょうか。……まあ、でも。


「ありがとうございます」


 俺が、そう言ったタイミングで、


「お兄さん!」


 リビングから晄がひょっこりと顔を出し、次いで駆け寄ってくると、


「一件落着なのですねっ!」

「晄。もしかして、ずっと見てたの?」

「ずっとではないですが……でも、二人の気持ちが前に進んだってことはわかったので、満足です!」

「なんだそりゃ」


 少し、気恥ずかしい気持ちになりながら頭をかいていると、


「幸城渚くん。十条晄さん。これから先、きっと娘は自分の気持ちを強く主張していくと思うんだ。そうなると当然、二人にも大きく迷惑をかけると思う」

「涼太郎さん。俺は、迷惑だなんてそんな……」


 朱音の想いには、助けられることの方が多いはずだ。

 少なくとも、今まではそうだった。

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