第53話「私も一緒に」

 朱音の後に続くように下駄箱まで行くと、靴に履き替え二人並んで校門を出た。朱音は何も聞いてこなかったが、無言で並んで歩くというのが落ち着かなくて、俺は無理やり話題を振ってしまう。


「そう言えば、今朝は朱音と会わなかったよね」


 そんな日もあるだろう。自分の言葉に自分でツッコミを入れてから、ふと気づく。……朝、朱音と会わなかった日なんてあっただろうか。

 朱音が病欠したとか、そう言う時は必ず連絡が来たし、放課後まで音沙汰なしなんて、一度もなかったことだ。


「あ、ごめんね。心配させちゃったかな?」

「あ、いや、えっと……」

「大丈夫。何でもないから」


 慌てて弁解した朱音は何事も無げに、また無言へと戻りそうになったが。


「渚くん。ごめん嘘」

「え?」

「何でもなくなんかない」

「……」


 朱音は歩みを止め、そして……


「昨日のお父さんとの話、聞いちゃったの」


 俺の目を見つめ、そう告白した。


「……そっか」

「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……。ねえ、渚くん」

「……何?」

「逃げよう? 一緒に」

「……朱音」

「だって、それが良いんじゃないかな。軍はもう、十分に軍備を整えてるんでしょ? 魔法少女の力がなくたって、十分に対抗できるんでしょ? なら、渚くんがこれ以上、自分を犠牲にする必要なんて、ないんじゃないかな? 私も晄ちゃんも、渚くんがいてくれれば安心だし……ね?」


 それが朱音の本心で、心からの想いだったとしても、俺はそれに応えることはできない。

 でも、それはわかっているはずなんだ。

 話を聞いていたのならなおさらに、今の俺の気持ちがまるで変わることがないだろうと、朱音はわかっていて……。

 それでも、言わずにはいられなかったのだろう。

 朱音の儚げな表情は、無いに等しい俺の肯定を待つ淡い期待をはらんでいて。無言で返すわけにもいかない。でも、答えたくなかった。……だって。


「ごめん」


 俺は、それ以外の答えを持ち合わせていなかったから。


「……うん。わかってたよ。……でも、だからね、私も決めてきたの」

「……どういうこと?」

「今日、私も一緒に連れてって」

「……朱音」


 朱音の瞳には、先ほどまでの揺らぎも、儚さもなくなっていた。それは、決意の目だ。


「お婆ちゃんとお爺ちゃんは今日にも栃木に逃げるみたいで、私も一緒に行くって話にされてる。でもね、私もたまには我がままを貫き通したいから」

「……」


 朱音の言葉が頭をよぎる。

 力になれなくても、私はずっとそばにいたいの。……私のわがまま、聞いてほしい。

 それを俺は受け入れた。俺自身、そうしてほしかったから。

 この間、確信したんだ。朱音が一緒にいてくれたから、俺は今、こうして戦後を生きていられる。そして、これからも俺の傍にいてほしいって。


「朱音。俺も一緒に来てほしい。朱音と一緒にいたい」

「あ、うん……えへへ」


 俺から、そんなことを言われるなんて思ってもいなかったのだろう。

 少し照れくさそうに笑った朱音は、恥ずかしいのをごまかすように数歩、子気味よく前に出て手を後ろで組んだままくるりと回ると、


「渚くんを一人にはさせないから」


 わざとらしく、そう言った。その様子に俺も自然と笑みがこぼれてしまう。

 この時間を守りたい。心から、そう思った。

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