第52話「変わるもの、変わらないもの」
恐怖、困惑、そして怒り。そうして移り変わった藤村さんの表情は、不快さを滲ませた虚ろな目になって、それでも確かに俺を睨んできた。
「あなたは、どこまであたしをバカにしたら気が済むのよ!」
「っ! 違う! ……そんなつもりは」
「じゃあ、なんなのよ? こんなの普通じゃないわ! 強さの次元が違うじゃない! そっか、そうなのね? あなた、お父さまの差し金でしょ?」
「おとう、さま?」
俺の疑問を藤村さんは鼻で笑い一蹴した。
「あくまでとぼけるのね? 未熟な私をあざ笑っていたんでしょ?」
「そうじゃない!」
「どこがよ? これだけの力があるなら、アグレッサーとだって戦えたんでしょ? それをあんな演技までして……」
「違う!」
「何が違うのよ! もしかして、お父さまも魔法少女もグルなわけ? いや、それはないか……でもね! あたしも、もう子供じゃないのよ! あたしは藤村祥子、冨士村義美陸軍中将の娘! あたしは弱くないっ!」
擦れながらも、感情に任せてそう叫ぶ藤村さんの声を聞きながら、俺は焦燥感に支配されていた。
失敗した。間違った。冷静さを欠いた。
どうしたらいい。どうしたら、ここから巻き返せるんだ。どうにかしたい。どうにかしたいのに……どうにかできる気がしない。
自分の失態がどれほどのものなのか、その理解が追い付かないまま、返す言葉が思いつかなくて呆然としてしまった俺から逃げるように、藤村さんは走り出してしまう。
「藤村さんっ!」
そう叫ぶ俺の声が藤村さんの気持ちに届くわけもなく、去り際に見せた悔しそうな表情に、かける言葉も浮かばないまま、俺はただ、力が抜けるように背後の壁に背中を預け、座り込んでしまった。
「はぁ……」
俺は結局、何がしたかったのだろう。
自分の気持ちとか、想いとかを藤村さんに伝えたいと思ったのは事実だ。でも、これではただ、我儘を押し付けようとしただけに過ぎないのかもしれない。
「なに、やってんだよ」
頭を抱えて丸まる。小さくなって、自分の膝に顔をうずめていると、少しだけ目の前の事実から遠ざかれるような気持ちになる。
視界が狭まって、自分の足元を見ていると、誰にも攻撃されないような、そんな不思議な気持ちになる。まがいものの安心に、このまま身をゆだねたくなる。
少し。少しだけでいいから、このままでいたい。
立ち上がらないという選択肢は、今の俺にはないのだ。それでも少し、目をそらすくらいは許してほしかった。いや、違うか。本当は……。
「渚くん」
優しく包み込んでくれそうなその声に、俺は顔を上げた。
そこには、いつもと変わらずにっこり笑う朱音の姿があった。
朱音は、ゆっくりと右手を差し出してきた。
「朱音……」
「うん」
俺が手を取ると、朱音は俺の体を勢いよく引っ張り、立ち上がらせた。
「渚くん。一緒に帰ろ」
「……うん」
廊下に転がる不良たちにも、今にも割れそうな窓ガラスにも、朱音は一言も触れず、目もくれず、ただ俺だけをまっすぐに見ていてくれていた。
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