第51話「あてどもない焦燥」

「あなた……またそういう話?」

「いや……そうじゃなくて……」


 昨日とは俺の想いは違った。でも、そうだ。それが伝わるような何かを俺はしていない。


「あなたの中で何が違うのか知らないけどね。そうやって、事なかれ主義を貫く人間が私は大嫌いなの。もう、いいかしら」


 心底あきれたとでも言うように、藤村さんは俺の横を通り過ぎようとして、足を止めた。


「あなたたち、なに?」


 藤村さんの視線の先に何があるのか。

 気になって振り返ると、そこにはこの間全滅させられた不良たちがいた。体のあちこちに湿布やら絆創膏やらを貼っている。そうじゃないやつもいるから……また頭数を増やしてきたらしい。


「はっ! 藤村よぉー。その怪我、どうしたんだよ?」


 心底嬉しそうに、ニタニタした笑みを浮かべつつ、金髪野郎が言ってくる。

 自分たちの安いプライドを満たすために、藤村さんにすさんだ気持ちをぶつけている。


「そんなこと、あなたたちには関係のない話よ」

「いやー関係あるだろうよ。その腕じゃ俺たちに手も足も出ないよなぁ?」


 強者が弱ると、快楽のために袋叩きにしようとする。その対象が俺なら良かった。

 こうなることは藤村さんだって容易に想像できたはずなのに、俺を助けたりなんかするから……。


 違う、そうじゃない……。


 俺が自分に言い訳をし続けて、不良たちに殴られることで償いをした気になって、解決のために動こうとしなかった結果がこれだ。


 でもさ、なんで今なんだよ。俺が大事な話をしているのに。

 俺は今、藤村さんと話をしなきゃいけないんだ。報いなら、後で受ける。すべて終わった後に、いくらでも相手になってやるよ。

 だから……今は、さっさと帰れよ。


 何でだろう。どうしようもなく不快だ。

 藤村さんの気持ちに近づこうと思った。俺の気持ちを伝えたいと思った。

 それなのに、こんなどうしようもないほどに幼稚で下らないエゴで横やりを入れられた。こんな奴らに、なんで俺は今までへらへらしていたのだろうか。

 自分でもわからないくらい、どうしようもなく不快だ。


 不良共の先頭にいる二人が、一気に殴りかかろうとモーションをとった。

 それに、悔しそうに唇を噛む藤村さんの表情が視界に入る。

 苛立ちと、藤村さんに届かなかった自分の浅はかな気持ちをぶつけるかのように、俺は不良連中を睨んだ。

 ……これはきっと、八つ当たりだ。


「もう、いいかげんにしろよ」


 俺の視線に気づいた金髪がニヤリと笑った。


「いいかげんにしろだぁ? パシリの分際で生意気なこと言ってんじゃ……」


 何かが、プツンと切れたような気がした。


「ふざけんじゃねぇよ!」


 一切の躊躇もなく、心からの苛立ちをぶつけるように俺は言葉を発した。……発してしまった。


「っ!」


 視界に入る範囲の窓ガラスすべてにひびが入り、何かが弾けたような音が連鎖した。

 それと同時に、不良連中は白目をむき、膝から崩れ落ちて全員が床に伸びてしまう。


「あ、やべっ……」


 自分がしたことに、今更ながら気付く。体内にいまだ残り続けるブルートが声に乗って、威圧を越えた衝撃として不良たちに精神的ダメージを与えてしまったのだろう。

 幸い、不良たちは気を失いっているだけで、命に別状はなさそうだが……。


「あなた……」


 その声はかすかにふるえていた。アグレッサーを前にしても果敢に立ち向かっていった、あの藤村さんが……。


「……藤村さん」


 俺に対しては、恐怖に顔をゆがませていた。

 藤村さんが俺を見る目は、さっきまでのものとは明らかに違っていて。目が合うと、おびえたように数歩後ずさり、よろめきながらその背中を壁に預けた。


「藤村さん、俺は……」

「あなた……本当になんなのよ。何よこれ……こんなの……」


 人間ではない。言葉にはされなかった。でも、俺にはそう言われているような気がしてしまったのだ。

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