第50話「伝えたい想い」
「藤村さ……」
声をかけようとした俺を妨げるようにチャイムが鳴った。
藤村さんにどう話をするべきか、あまりにも気持ちが迷いすぎて、着くのが遅くなったのかもしれない。
しかたない。
それから俺はずっと、藤村さんを目で追い続けた。いつもと何か違うところはないかと考えながら。けど、残念ながらいつも通り。誰も寄せ付けないと言わんばかりに、分厚い衣を何重にも纏っているかのようだった。
でも、だからこそ、俺はやっぱり藤村さんと話がしたいと思った。
話をするなら、時間があるのは放課後だ。今日は半日授業で、四時間目で終わってしまうから、お昼休みがない。問題は、そこで藤村さんを捕まえられるかどうかだけど。
そんな俺の懸念は、見事なまでに的中した。
四限目が終わり、ホームルームが終わるやいなや、藤村さんは素早く身支度を整え、教室を出て行ってしまった。
「くそっ」
俺も急いで後を追う。
「藤村さん!」
俺の言葉に見向きもせずに、その歩調は明らかに早くなっていた。避けられてるな、こん畜生。
ほかのクラスの生徒もちらほらと教室から出てくる中、俺は半ば走るほどの早歩きで廊下を進んでいく。藤村さんの背中は徐々に近づいてはいるが、俺を撒くためかまっすぐに下駄箱へ向かって行く様子がない。どういうことだろうか。
そのまま俺は、藤村さんを追いかける形で北館へとやってきた。人気の少ない廊下の行き止まりまで行ったところで藤村さんは足を止め、振り返ってきた。
「あなた、なんなの? ストーカーなら他所でやってくれる?」
「……えっと」
今までで一番と言ってもいいくらいに、鋭い目つきだった。
それに俺は思わず、視線をそらしてしまう。
愚策だ。わかっている。ここでまっすぐ藤村さんの目を見られなかったら、俺はきっと何も言葉を発せない。
「藤村さん。えっと……あの……俺……」
いや、俺は藤村さんにかける言葉を持ち合わせているのか?
覚悟を決めると決めただけで、その覚悟から逃げないために俺は保険を作ろうとしているのではないだろうか。
「あたしは、あなたみたいな人に時間を割くつもりはないの。まあ、でもね。デートをするという約束は果たされなかったわけだし、話くらいは聞いてもいいと思ったんだけど」
その言葉とは裏腹に、藤村さんの表情からは苛立ちが見て取れた。
こうして藤村さんが会話を交わしてくれているのは、義理とか責任とかそういったものだけであると再認識させられる。
それでも、俺は話すと決めたはずだ。迷っていても仕方ない。……逃げるな。
「……藤村さん。あなたは昔の俺に似ているんだ」
「何言ってるの? 意味がわからない。冗談も大概にして」
心底嫌そうなその声音に屈してはならない。
たとえ、俺の気持ちを藤村さんに伝える行為が自己満足に過ぎないとしても、それでも今伝えなければならない。
「藤村さんには間違いなく才能がある。俺なんかには到底計り知れないようなものがあるはずだ。だから、目の前のことだけに囚われちゃダメなんだよ。本当に藤村さんが形にしたいことを成し遂げるには、その生き方は自分を苦しめるだけだ」
真剣に、まっすぐに、藤村さんの目を見つめる。だが、返ってきたのはため息だけだった。
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