第49話「先に後悔はない」

「俺は、それに後悔はない」


 そう、本心から言いきれるわけじゃない。怖さはある。どうしたって、戦前の平和だった日々を渇望してしまう。それでも。


「俺は晄に会えてよかった。そう、本気で思っているんだよ」


 これは、まぎれもない、嘘偽りなき本心だ。


 すでに俺の体は地球人のそれではないだろうし、そのことに後悔はある。元の体に未練はないとは、言い切れない。

 ……でも。


「俺は自分に恥じる生き方はしたくない。俺の力不足が原因で泣いてる人がいるんだ。目の前でうずくまって泣いている人がいるんだよ……まるで、昔の俺みたいにさ」

「お兄さん……」


 涙をぬぐった晄は、顔を上げた。それに応えるように、俺はまっすぐに晄を見つめる。


「マジカルプリティーも言ってたからさ。泣いてる子と本気で話をするなら、心も力もすべてかけなきゃいけないんだって。中途半端なんて……届く意味も価値もないって」

「お兄さんは、覚悟を決めた……のですか?」

「いいや……」


 俺は、そんなにできた人間にはなれない。そのへんにいただけのモブが、何かの間違いで主人公をやらされただけなんだ。

 だから、不格好でどうしようもないくらいに撃たれ弱い。

 けどきっと、それでも立ち止まったら意味がないとわかったから。だから、俺の覚悟がどれほどのものなのか……。


「それを確かめに行くんだ」


 どこかで目をそらし続けてきた。過去と向き合わなければならないとは思っていたのに。思っていながらも、先送りにし続けてきた。そのつけが回ってきたのだろう。

 俺だって、晄と同じだ。頭では理解して、平和ボケしている奴らをあざ笑いつつも、本当は心のどこかで今がずっと続くんじゃないかって思ってたんだ。

 地球が襲われたあの日に、そんな希望は一瞬で砕かれたはずなのに、それでもどこかで信じていた。今がずっと続くって。

 でも……。


 もう、逃げ道は無いのだ。


「晄。涼太郎さんの勧めで明日の放課後、体の精密検査をしてくるよ。自分が今、どういう状態なのか。ちゃんと目にしておきたいんだ」

「……お兄さん。それに、私も同行させてくれませんか?」

「え?」

「お兄さんの気持ちと、私もちゃんと向き合いたいので」

「晄……」


 了承してもらえるのか、答えを待つ晄の瞳はどこか不安げに見えた。涙の後で少し充血している瞳が、余計にそう感じさせるのかもしれない。

 まあ、もちろん俺の答えは決まっていた。


「ありがとう。一緒に行こう」

「はいっ!」


 最近では、いつも見せてくれるようになった元気いっぱいのスマイルと共に、ニカッと笑った晄は「では、お医者さん先生に連絡してくるのです!」と言って元気よく部屋を出て行った。


 これで問題はあと一つ。検査の前にもう一度、藤村さんと話がしたかった。

 けど、何を話すべきなのか、何を伝えるべきなのか。今の俺には答えが無いのだ。


 その晩は何度も目が覚めて、浅い眠りを繰り返した。いろいろな思いが思考を駆け巡り、そして消えていく。不安とか葛藤とか、そんな言葉では言い表せない何かが、頭の中を占拠し続けて。それが何なのか、わかっているようでわからない居心地の悪さを感じながらも、目を瞑る。どうにか眠りについても、心がざわついて睡眠を妨げた。


 そんなことを何度繰り返しただろうか。


 徹夜明けよりも疲れ果てた体が、とてつもなく重かった。

 それでも体を起こした俺は、いつものように準備をして、いつものように晄に送り出された。

 今日は朱音と会わなかったな。大概いつもいるというのに。


 他愛もないことに思考を回しつつ、目の前に迫る問題から目をそらそうとしても何も始まらない。教室に入ると、一番に藤村さんの姿を確認する。


 いた。


 いつものように、すました顔で何か本を読んでいるようだ。

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