第48話「互いに身勝手で」

「私は一番最初に自分のことを考えたのです! お兄さんの体が同じように変化しているかもしれないとか、そんなこと思い至りもせずに! お兄さんの気持ちも考えずにっ!」

「……」


 俺は、晄の母星の話を極力聞かないようにしていた。敵方にも故郷があって、家族がいるという事実から目を逸らしたかったからだ。

 十条晄と言う偽名をつけたのだって、いろいろ理由をつけはしたが、本当のところは、晄がアグレッサーであるという事実を少しでも認識しづらくするためだった。

 晄が俺の気持ちを考えていないなんて、そんなことはない。

 晄の気持ちも考えず、自分のことしか考えていないのは、ほかならぬ俺自身じゃないか。


「私は、今の生活がすごく楽しいんです。お医者さん先生に、朱音さん……そしてお兄さん。こんなにも平和な日々を送れていたのなんて、幼少期の何も知らなかった時くらいで……。だから、お兄さんにつらい思いをさせたくないって、平和を謳歌してほしいって……そう思っているから隠しているんだって、自分の心を偽っていたです」


 晄自身も、戦争によって母国を侵略されたと聞いていた。両親や親しい人間を殺されたということも。

 地球に攻め込んできたアグレッサー軍は、晄の母国を侵略した国の軍が指揮をとっていると晄から説明された。

 同じ敵を相手にする上で、それ以上はいらないと思った。

 自分の大切な人たちが理不尽に奪われることの、苦しさ、辛さ、悔しさは、知っていたはずなのに、深く聞くことを無意識のうちに拒んでいた。

 最近は元気になってきて良かったとか、なんとなく雰囲気を見てわかった気になっていただけだった。

 母星にすら帰れずに、こうして一人、異星で頑張り続けているのを見ていたのに、それがどれだけ心細かったか、俺は考えもしなかったんだ。


「本当は、私自身がこんな毎日が続けばいいって盲目的に思っていただけなんです。……私、最低です」

「そんなこと、ないよ……」


 ただ一人、同族と敵対する道をとったのだ。どんなに仇であると言っても、自分と同じ姿の者を敵に回し、姿形の違う者の側につく。その覚悟は、並大抵のものではないだろう。

 自分の行動の結果として得た平和を手放したくないと思うのは、当然のことだ。自分の居場所を手に入れたら、手放したくないのも当然だ。それが温かいものなら、なおさらに。


だったら、当然思うよな。なんで、私だけ違うんだろうって。

 でも、そう思ったことで晄は、両親や、友や、母国に住んでいたであろう自分の味方だった人たちに対して、罪悪感を覚えたはずだ。

 ……自分の出自を一瞬でも悔いたことで、晄の苦しみは増しただろう。咄嗟に出た自分の正直な気持ちによって、傷ついているんだろう。


「ねえ、晄」


 いつまたこの地球で、戦火が上がるかなんてわからない。それでも……。


「俺はさ、晄のことが大切だよ。……それは、わかってくれるよね?」

「……伝わるから、辛いんです」


 晄の頬をつたう雫が、フローリングの床へと零れ落ちる。ベッドから降りた俺は、それを覆い隠すようにそっと、晄を抱き寄せた。


「晄がいなければ俺は今生きてない」

「でも、私はお兄さんを利用しただけです」

「俺だって利用した。お互い様だ」

「でもっ!」

「でもじゃない」

「でもですっ! 平和な日々を過ごしているだけで、自分の異物感が白日の下に曝されてるようなのです。そのことから目を逸らして、正体を隠して……優しくしてくれている人を偽り続けているのです。……私は、わがままばっかりです。自分のことばっかりです。私がお兄さんを選んだせいで……お兄さんの体は、地球人でもアグレッサーでもない、戦闘をするための生物兵器になってしまうかもしれないんですよ!?」

「……そうかもね」

「だからっ!」

「俺は、それに後悔はない」

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