第47話「晄の気持ち」
涼太郎さんは、少し安堵したように笑みをこぼすと立ち上がった。それに、俺も続く。
「十条晄さんを家であまり待たせるのもよくないだろう。今日はこの辺で」
「はい」
「検査は明日、放課後でいいかな? 明日は半日授業だったよね?」
「そうですね、それでお願いします。……あの、検査が終わった後に、時間はありますかね?」
「検査結果が出るまで一日ほしいから、一泊するのはどうだろう? それなら、時間に余裕もできるだろうしね」
「あ、はい。大丈夫です」
「では、そのように手配しておこう。……お見舞いだろう?」
「……はい」
俺の返事に頷きつつ立ち上がった涼太郎さんは、ドアへ近づきノブへ手をかけると、そのまま止まってしまった。
何か、大事な要件でも言いもらしていたのだろうか。
「幸城渚くん。十条晄さんは、君のことを思って検査結果を黙っていてほしいと言ったんだと思うんだよ。だから……どうか、責めないであげてほしい」
「はい、わかっています」
今ある平和に、俺たちの日常に、晄は水を差したくなかったのだろう。
でももう、そうは言っていられないから。藤村さんと向き合うには、きっと俺はまた力を使わなければならないだろう。
戦場に出なければならないかもしれない、なんて。そんな、曖昧な覚悟では通用しない。自分の心が本当の意味で前を向かなければ、きっと気持ちは伝わらないから。
だから、それを俺は晄に伝えなければいけない。晄の想いを無下にしないために。
そうは思っても、なかなか踏ん切りはつかないもので、朱音宅を後にしてから、何時間も経った今になっても、こうして自室のベッドの上で天上のシミを数えつつ、ため息をついているのだ。
「はぁ……」
今日か、明日……。いや、検査をしに行く前にしっかり話しておかなきゃダメだよな。
じゃあ、今日以外ない……なんてことは、わかっていたはずだ。ただ、切りだす勇気がなかっただけで。
わざと勢いをつけて起き上がる。
そのままの勢いで、晄に俺の気持ちを伝えられるようにと、ゲン担ぎのようなものだ。
気持ちに喝を入れ、晄の元に向かおうと思った。その矢先に、ドアがノックされる。
「……晄?」
俺の言葉に反応するように、ゆっくりとドアが開かれて晄が入ってきた。
「お兄さん……」
「どうしたの」
「お兄さん、私の検査結果……聞いたんですよね?」
「っ……どうして……」
どうやら、俺の行動が遅かったらしい。
最近、晄の笑顔ばかりを目にしていたからか、その真面目な表情が俺の心に突き刺さった。まるで俺が晄の笑顔を奪ってしまったように感じられた。
「……先生から聞いたの?」
「違います。私だって、この二年間をお兄さんと濃密に過ごしてきたんです」
言葉のチョイスは少し考えたほうが良いと思うけど……まあ、そういうことか。顔に出てたんだろうな。
「晄は、俺のことを考えてくれてたんでしょ? 心配かけないようにって」
「……違います」
「え?」
晄は少し目線を落とすと、両手で自分のパジャマの裾を握っていた。
「私のわがままです」
絞り出すように、震えた声で晄はぽつりとこぼす。
「わがまま?」
「だってそうじゃないですか? 私がお兄さんに力を押し付けた結果、こうなったのですよ?」
「でも、それは……」
そうしなければ、俺は今頃死んでいたはずだ。
「……私は、お兄さんに力を渡したときに、ブルートによる悪影響があるかもしれないなんて考えてもいなかったのですよ?」
「そんなこと、ブルートがあたりまえにある星から来たんだから、なかなか思い当たらないだろうし……」
「いいえ、それだけじゃないんです。本当はあの力は、お兄さんではなく、お兄さんのお姉さんに渡す予定だったんです」
「……」
それは、なんとなく察していた。だって、晄は俺の前に現れたとき、お姉ちゃんの名前を知っていたけど、俺のことは知らなかったから。
「お兄さんが、お兄さんのお姉さんに波長が近いというだけで、私は力を使わせたんです。リスクなんて、考えてませんでした。お姉さんが倒れていたのに、その時のお兄さんの心情なんて、私は考えもしなかったんです!」
「そんなこと……」
当然だろう。別の惑星の、しかも知りもしない姉弟のことを緊急時に気にかけている余裕なんてありはしない。
俺が晄の立場だったとしても、同じようにするはずだ。
「俺は別に晄のことをそれで恨んだことなんて……」
「私はっ!」
遮られるなんて思ってもみなくて、反射的に言葉が止まってしまう。
「私は、自分の体が地球人に近づいていると知った時、このまま地球人になってしまうのなら……それならそれでも良いって……そう、思ったですよ」
「晄……」
「私は一番最初に自分のことを考えたのです! お兄さんの体が同じように変化しているかもしれないとか、そんなこと思い至りもせずに! お兄さんの気持ちも考えずにっ!」
「……」
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