第46話「もう、逃げたくない」
「無理、なんですか?」
「……十条晄さんはアグレッサーだから、自分でブルートのコントロールができる。だから、元に戻す形で力を使える可能性はかなり高い。けど、君は変身し、戦うこと以外でブルートを使うことができない。それでは……。すまない……私の力不足で……」
「そんなっ……先生に責任があるなんて、そんなこと、あるはずはないです! それに、まだ俺の体が変化していると決まったわけじゃありませんし」
詭弁だ。俺の体がブルートによって変化させられてないのだとしたら、基礎身体能力の飛躍的向上にまるで説明がつかない。
もう、答えは出ているようなものなのだ。
だからこそ涼太郎さんは、悔しそうに苦しそうに表情を歪めながら頭を下げてきているのだろう。
思えば、初めて変身した後に受けた検査の結果を見た涼太郎さんが、俺の体を心配して戦うのをやめるよう勧めてきたのを覚えている。
体を変えてしまうような未知の力を使い続けたら、俺の体がどうなるのか定かではなかったからだ。けど、それでも俺は戦うと決めた。
最初、戦うと決めた理由は、お姉ちゃんを昏睡状態にされた復讐心からだった。
でも、あの時、戦うと決めたのは俺自身なのだ。
「俺が自分で変身することを選んだんです。これからも、俺が選びます。だから、誰の責任でもないんです」
俺が、こんなことを言うとは思っていなかったのか、驚いたように顔をあげた涼太郎さんは、真剣な表情で、まるで懇願するように俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「……幸城渚くん。君が思っているより、戦うことのリスクは高いんだよ。こんな言い方はしたくなかったが……今の日本には、いや、地球には魔法少女がいなくても問題がないんだ」
「……そうかもしれませんね」
涼太郎さんは、どれだけの想いでその言葉を口にしたのだろうか。
魔法少女として戦った俺に、心からの感謝をしていることを知っている。だからこそ、戦う理由を俺に与えることをためらって、ついには奪おうとしている。
そこまで俺のことを思ってくれているという事実は、素直に嬉しい。
けど……。
「先生。それでも俺には……逃げられない理由が、出来てしまったんですよ」
「幸城渚くん……」
「ここで逃げたら……俺自身がきっと、納得できないから」
涼太郎さんはうつむき、黙り込んでしまう。
譲れない俺の理由。それを俺は言葉にしていない。もしかしたら、言葉にしても納得してもらうのは難しいかもしれない。それでも俺は、涼太郎さんの想いを無下にしないためにも、納得してもらうまで話をしなければいけない。
何を聞かれても、素直に答えよう。そう思い、言葉を待っていると……。
涼太郎さんは、まるで覚悟を決めるように息をゆっくり吐きだしつつ、顔を上げた。
「わかったよ。これ以上は、君の判断に任せる」
「え……」
予想だにしない言葉に、俺は一瞬呆気にとられてしまう。
「不満なのかな?」
「あ、いえ、そんなことはありません」
「じゃあ、これ以上私は何も言わないよ。ただ、精密検査は受けてほしいんだ」
「検査……ですか?」
「検査をして、仮説が正しかった場合、戦闘の継続で体にどのくらいの変化が起こるのか、ある程度は想定できると思うんだよ」
「先生……」
涼太郎さんには、本当に頭が上がらない。制止を聞かない俺のために、最後まで協力してくれようと言うのだから。
「私はやっぱり、幸城渚くんが戦うのには反対なんだよ。それでも、その目を私は知っているからね」
「……目、ですか?」
「覚悟を決めた目だよ。……何かあったのだろう? そこまで君を動かす何かが」
「……はい」
「けどね、幸城渚くん。その目の君が戦場へと身を投じ続けた末に、どれだけの精神的ダメージを負ったのかを私や娘は見てきたんだ。もう二度と、あんな姿は見たくない。……これは、私のエゴかな?」
そこまで言われたら、俺には返す言葉が無い。
「……すいません」
「謝ることじゃないよ。ただ、そうだね……。朱音や十条晄さんが悲しむようなことだけはしないでほしい」
「はい。肝に銘じます」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます