第63話「お姉ちゃん」

 さっき、診察の去り際に涼太郎さんが言っていた、信じてるってこのことだったのか。

 年頃の娘を年頃の異性と同じ部屋でと言うのは、いささかどうなのだろうか、お父さん。

 まあ、俺の部屋で朱音が寝たことを容認しているのだし……うん、考えないようにしよう。

 ……いやいやいや!


「朱音、ちょっといい?」


 晄と共に、やれ、どのベッドを使うだの、病院なのにホテルみたいだと楽しそうにしておられる所悪いんですがね。


「何? 渚くん」


 うん。きょとんとしないで。


「朱音。同室で寝るんだよ? 大丈夫、なの?」

「え? どういうこと……っ!」


 事の重大さに今更ながらに気付いたのか、朱音はみるみる顔を真っ赤に染めていく。


「な、渚くん! 私、今日は同じベッドでは寝ないからっ!」

「当たり前だよ! そんな話してないよ!」


 くそっ! 天然に話しても駄目だったか。


「ねえ、晄! 普段、同じ家とはいえ、寝室は別でしょ? 気になるよね?」

「え? 何でですか? 旅行みたいで良いじゃないですか!」


 こっちは無邪気でダメだ……。


「わかった。けど、これだけは約束して。不可抗力で何かを見てしまっても、責めないでよ?」


 俺の言葉に朱音は耳まで赤く染めたまま、ジト目で俺を見てきた。


「見たいってこと?」

「違うわい!」


 駄目だこりゃ……助けてくれ。


「渚くんが気にしてくれるなら、大丈夫だよ。着替えとかは、お風呂場使えば大丈夫じゃない?」

「……朱音がそれで大丈夫だというのなら、俺はもう何も言わんよ」

「え? うん……うん?」


 そこまで言っても、朱音はいまいちピンと来てないようだ。……この子、大丈夫だろうか?


「朱音さん! 見てください!」


 俺の話など微塵も興味がないらしい晄は、窓の外の景色にご執心のようだ。外ももう真っ暗だ。群馬とはまるで違う街並みをこうして呑気に眺めることができる機会は、今までなかっただろうからな。

 はしゃぐ気持ちもわからんでもないか。


「晄ちゃん、どれ?」


 朱音は晄の隣に並び、晄が指さすものについて説明を始めた。

 ……取り乱してしまったが、今がいいタイミングかもしれない。

 いや……そろそろ俺自身、話がしたかったから。


「朱音……ちょっと行ってくるね」


 朱音は振り返ってこっちを見ると、


「あ、うん。行ってらっしゃい」


 急に、しおらしく答えた。気を使ってくれたのだろう。

 俺は二人をおいて部屋を出ると、最低限の照明しか点灯されていない廊下を進んで階段を下り、七階へと向かう。目的地は廊下の一番奥にある病室だ。

 ひときわ大きく取られた病室の入り口には、幸城とプレートが入っていた。

 ゆっくりと中に入る。


 特別室と言うらしいこの個室は、ユニットバス、ミニキッチン、冷蔵庫といったものが完備されていて、来賓用の部屋よりも少し豪華だ。

 そこらの一般人が入院できるような部屋ではないと思うが、これを無料で提供し続けてくれている涼太郎さんには感謝してもしきれない。

 窓際にあるベッドへと近づくと、そこに横たわる女性へ俺は声をかけた。


「お姉ちゃん」

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