第62話「迷っても向き合うために」
涼太郎さんの前では覚悟を決めたつもりでいたが、それでもやっぱり不安は拭いきれずにいることが、自分の弱さのように感じられて悔しかった。
朱音はレントゲンの結果を聞いて、どう思っただろうか。答えが欲しくて、そらしていた目を朱音に向ける。
……そこには、優しい笑顔があった。
「渚くんは不安?」
「……」
「渚くんは、自分の体が変わっていくことが、不安なんじゃないの?」
「それは……」
当然そうだ。けど、それを口にしたら逃げてしまう気がした。
覚悟はできている。嘘でもそう言おうとした俺の言葉を遮ったのは晄だった。
「お兄さん! 私は人ですか?」
「あ……」
「私もお兄さんも朱音さんも人です! 気持ちがそうさせるんです。私はお兄さんにそう教わりましたです!」
「晄……。そう、だよね。ごめん」
現実を受け止めるとか啖呵を切った割に、俺は自分自身の中でいまだに迷いがあったらしい。
でも、それでもいいのだろう。
考えることを止めて、自分を騙したところで、本当の意味で自分と向き合うことはできないのだろうから。だから、逃げるためではなく、向き合うために不安と迷いを認めていこう。
俺が今まで見てきたのは、多くの心だ。それは、肉体の構成で変わるようなものではないはずだ。ベタな話かもしれないけど……それでも俺はそう思う。
狙いすましたかのようなタイミングでエレベーターが八階に到着した。
扉が開くと晄は軽い足取りで外に出た。
「行くのです!」
楽し気に小走りで廊下へと出て行く。その姿に俺は、自然と笑みがこぼれてしまう。
気持ちを切り替えよう。そう思った時、俺の右手が強く握られた。
俺の手を握った朱音は、愛おしそうな表情で俺を見つめると、まるで安心させようとでもいうように。
「何があってもずっと一緒だよ」
念を押すように、朱音はそう言った。
「……ありがとう、朱音」
朱音とエレベーターを降りたころには、日はすっかり暮れていた。
目的の部屋はエレベーターからすぐのところにあり、簡単に見つかった。
「お兄さん! ここですよ!」
まさに、テンションマックスと言った様子で勢いよくドアを開けた晄は、元気いっぱいで中に走り込んでいった。
「朱音。晄と朱音はこの部屋なの?」
「え? どういうこと?」
「……え? あ、いや、俺の部屋は?」
「渚くん、何言ってるの?」
「へ?」
「この部屋だよ、渚くんも」
さも、あたりまえじゃない? とでも言いたげに、そんな爆弾をさらりと置いた朱音は晄に続き部屋の中へと入っていった。
「……ん?」
どういうことだこれは。年頃の男女が同室で一晩を過ごすというのか?
いやいや、さすがにそれは無いだろう。部屋の中とかが、少なくともパーテーションとかで区切られているに違いない。うん、きっとそうだ。
そう思い立って部屋に入った瞬間、俺の期待は打ち砕かれた。
来賓用というのは伊達じゃないらしく、ユニットバスと冷蔵庫があるし、まるでちょっとしたホテルの一室並なのだが、サイズ的には一人用の部屋だろう。
……ベッドが所狭しと三つ鎮座している。
「っ! そういうことかよ……」
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