第25話「バスで揺られて」

 時刻表を見る限りバスはあと数分で来るらしく、バス停前は多くの学生が列をなしていた。

 その後ろに並んだところで……ここからは、俺のターンだ。この機会を逃さず、話を振っていこう。


「藤村さん、今日も綺麗だね」

「そう言うこと言うのキモイからやめて」

「……」


 だって、話題がないんだもん。


「藤村さんは何か趣味とかあるの?」

「ない」

「……そうですか」


 会話を成立させる気のない人と話す難しさを学びました。いや、無視されるよりはマシだと思うことにしよう。


「藤村さんは学校生活どう?」

「不快」


 お、やっと感情らしい何かが出てきたぞ。


「不快って、どういうところが?」

「……ここの生徒は、被害者面の弱虫ばっかりだわ。目の前のことから目をそらそうという態度が気に入らない。親兄弟を殺されといて、平然とへらへらしてられる神経があたしにはわからないのよ」

「……そっか」


 間違いなく地雷を踏んだのだろう。反論が口を出そうになったが、やめておいた。

 過去との向き合い方は、人それぞれだ。それに他人がとやかく言うのは違うと俺は思っている。とはいえ、微妙な空気になってしまったな。


 困った俺の気持ちを汲んでくれたのか、丁度いいタイミングでバスがやってきた。

 二人そろって無言で乗車すると、待っていた学生を全員乗せてバスは発進していく。

 かろうじて空いていた前のほうの一人用座席に藤村さんが座ったので、俺はその横につり革をつかみ立ったのだが、それっきり藤村さんは外を眺めてこちらには見向きもしなくなってしまった。

 どうしたもんかねぇ……。


「ねえ、藤村さん」

「……」

「祥子ちゃん」

「……その呼び方やめて。キモイから」


 返事は返ってきたが、目線は未だ外を向いている。


「藤村さんは、戦うつもりなの?」

「……なにと?」

「宇宙人」

「……」


 藤村さんは、再び完全に口を閉ざしてしまった。

 さすがの俺も諦めてバスに揺られつつ、着いた先で何をしようかと楽しいことを考えることにした。

 そんな沈黙が五分ほど続いただろうか。意外にも先に口を開いたのは藤村さんだった。


「幸城君は勝てると思う?」

「え?」

「今のあたしが宇宙人と戦って、勝てると思う?」

「……なんで、俺にそんなことを?」

「あなたもそこそこ強そうだから。一応聞いとこうかと思って」

「……」


 正直に答えるべきだろう。下手な期待をさせて、いざというときに蛮勇を振るわれたら最悪だ。


「今の藤村さんだと、十中八九無理だと思うよ」


 俺の言葉に勢いよく反応した藤村さんは、今まで見てきた中でも最大級の鋭い目つきで睨んできた。


「……何の根拠があるのよ」

「俺は開戦の時、都内にいたんだ。その時に一緒にいた姉は、重傷を負っていまだに目覚めてない。俺が生きているのは、いろんな幸運が重なった結果の奇跡に過ぎないと思ってる。……戦おうなんて、思わないほうが良いよ」

「……戦場に出たこともない癖に偉そうに」

「え?」


 藤村さんは改めて外を眺めはじめた。でも、その表情はさっきまでの無関心なそれとは違う。悔しそうに下唇を噛みしめているのが横からでもわかった。

 もしかしたら、藤村さんはこの歳で戦場に出ていたのだろうか? そして、自分の無力さに打ちのめされているのだろうか? でも、正規兵以外の投入はなかったはずだし……。けど、もし実戦経験があるのなら、総合武術格闘術をあの水準で使えるのもうなずける。


「藤村さんは戦時中、戦ってたの?」

「……」


 またも沈黙。でも、やっぱりこればっかりは確認しておきたかった。この年齢で軍にいたのだとすれば、なぜ今この学校にいるのか知りたかったから。

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