第一章「平穏の日常」

第5話「昔も変わらない日曜あさ」

「プリティーでぇ! マジカル♪ わたしはっ! マジプリィ~♪」


 テレビから流れてくるポップなアニメソングを、当時のあたしは毎週楽しく一緒になって歌っていた。毎週日曜日の朝八時三十分になると、欠かさずテレビにくぎ付けになり、マジカルプリティーのアニメを見ていたのだ。


 東京にあった実家はいかにもな日本家屋で、その居間には大きなテレビがあり、広縁ひろえん側のふすまを閉めれば六畳の部屋があたしのマジカルプリティーシアターになったのだ。

 あたしの家は軍人の家系で、藤村の名字を知らないものは、少なくとも軍関係者にはいないほどで、両親共に軍人だったため、家にいることは少なかったけど、家政婦さんがいつも身の回りの世話をしてくれて、何不自由なく生活できていた。


 寂しくなかった、と言えば嘘にはなるだろう。それでも、両親のしている仕事をあたしは誇りに思っていたし、自慢だった。だからあたしも将来、あんなふうに格好よく生きたいと、そう思っていたんだ。


「お嬢様~」


 遠くから家政婦さんの声が聞こえて、あたしはエンディング途中のマジカルプリティーから目を離すと、満面の笑みで玄関へと駆け出していた。


「お嬢様。お母さまがお帰りになりましたよ」


 家政婦さんがそう言うよりもはやく、あたしはそれを知っていた。その日は、あたしの誕生日だったのだ。誕生日には帰ってきてくれると約束をしていたから。


「お母さま~っ!」


 玄関先で靴を脱ぐお母さまの姿を目にすると、あたしは勢いよく抱き着いた。腰にしがみついたあたしの頭を撫でてくれたお母さまは、にっこり笑顔であたしを見てくれた。


「祥子、いい子にしてた?」

「うんっ!」


 お母さまのサッパリと切りそろえられた黒髪が好きだった。凛々しく強いお母さまに、ぴったりだと思った。


「お母さま、お父さまは?」

「あ、えーとね」


 お母さまは困ったように目を逸らすと、顔の前で手を合わせて、


「ごめん!」

「え? 今日も帰ってこないの?」

「ごめんね、祥子」


 お母さまのせいではないのに、申し訳なさそうだったのを今でも覚えている。このころのあたしは我儘だった。


「やだやだ! お父さまも一緒が良い!」


 あたしは不満たらたらと地団駄を踏みつつ、下からお母さまを睨みつけた。すると、お母さまは、心苦しそうな表情を見せてきて。


「祥子、いつもさみしい思いをさせてごめんね。今日はその分、私が目一杯、祥子と一緒にいたいんだよね。ダメかな?」

「むー」


 あたしは頬を膨らませて遺憾を露わにしながらも、仕方ない、と首を横にふった。それを見たお母さまは、またあたしの頭を撫でて。


「さすが祥子! 偉いね!」


 そう言ってくれたのが、嬉しかった。


「そう言えば、祥子は何してたのかな?」

「マジカルプリティー観てた!」

「そっかそっか、祥子はマジカルプリティー好きだもんね」

「うん! あたしね、大きくなったらマジカルプリティーになって、お母さまとお父さまを守ってあげるの!」

「本当? それは楽しみだ」


 無邪気だった。大きくなったら魔法少女になって、お母さまとお父さまを守るって、あたしは本気で思っていた。それが、どれだけの意味を持つのかもわからずに。


「祥子は何か欲しいものある? 誕生日だし、何でも買ってあげるよ」

「え! 本当!?」

「ほんと、ほんと」

「じゃあねぇ……」


 お母さまに手を引かれながら、あたしはこの日、楽しく買い物に出かけた。


 本当に幸せな時間だった。優しいお母さまと、ちょっと厳しいけど色んなことを褒めてくれるお父さま。こんな日々がずっと続くと……そう、思っていた。

 そんな幻想は、あたしが中学二年生の時に、いとも容易く打ち砕かれた。

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