第30話「ヴェレ・アオローラ」

 俺は全力で走り出す。ここからは運の勝負と言っても過言ではないが……。


オユライェチソロカラケ!そんなに死にたいか! アモ、なら、アラナキアチニシナンノス!お前から殺してやるよ!


 よし。俺の誘いにアグレッサーものってきた。一気に距離を詰めてこないのは、足がまだ完治していないからだろう。これなら、十分誘導できる。


「幸城君っ!」


 必死に後を追ってくる藤村さんを振り切るように、俺は人気の少ないほうへと走った。まずは、藤村さんと距離をとることが先決だ。

 このあたりは住宅街しかないから戦闘には不向きだが、それ以外だと身を隠せる場所も少ない。かといって、あまり長距離を移動すると騒ぎになってしまうかもしれない。それは避けたかった。


 住宅街の中でも街路樹が多く、死角になりやすい細い生活路を視界の端にとらえると、そのまま一気に生活路へ走り込む。それを止めるかのように、アグレッサーは跳躍すると俺の頭上から蹴りを入れてきた。


「せっかちだな、おい」


 俺が軽く一歩引いて避けると、アグレッサーはその勢いのまま足を振り下ろしアスファルトに亀裂を走らせつつ、苦々しい表情で俺を睨んできていた。


アドン、なぜ、アトンオクイウオダホツレラナホ?人気のない場所に来た? モチスンエサンノイヌザボヨモンエウオザチキノヤィサ増援も呼ばずに女とも離れるとは……ビアノネコチヘザン?どういう魂胆だ?


 俺がアグレッサーを誘導した理由が、わからないらしい。まあ、別に教えてやる義理もないな。

 俺は、自分の学生鞄から四角く薄っぺらい白の携帯用ファンデーションケースコンパクトを取り出し、胸の前で構えた。


「ッ! アカサマまさか……」


 白いコンパクトを目にしたアグレッサーは驚愕に顔を染め、慌てた様子で俺に殴りかかってくるが……。気づくのが遅かったな。

 その拳より、俺のほうが早い。


「ヴェレ・アオローラ」


 魔法の呪文を口にした。

 俺の声に反応するかのようにコンパクトはひかり、その中からあふれるオーロラが俺を包み込む。

 一瞬、身体中の感覚が消えた。

 自分がこの場に存在しているという事実を認識できなくなる。

 次いで自分の中核とも言うべき熱が感じられ、そこから胴、腕、足、頭……少女の肉体が形成される。


 瞳を開けると広がるのは七色に輝く空間だ。

 体を纏う白い光が弾け、水色を基調としたファンシーな衣装が体を覆う。キャミソールワンピースのようなデザインでありながら腰はしっかりと絞られていてスカートはふわりと広がるデザイン。胸元の大きなリボンとスカートの裾をはじめとした各部位にしつこくなくあしらわれたフリルが可愛さを演出している。


 ……とても戦闘服とは思えない。

 七色に輝く空間がはじけ飛び、俺はゆっくりと地面に着地した。

 ここまで約二秒の変身である。


「……アグニオノミリガル。帝国の生物兵器め。エミキエフツビエソヌコキエトッ!裏切り者の犬がぁっ!


 俺の正体を知った途端に、アグレッサーの表情は一変した。憎き仇を目の前にしたような、そんな憎悪にまみれた表情だ。まあ、当然と言えば当然か。

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