第29話「わからずや」

「藤村さんその腕っ!」

「……問題、ないわ」


 そんなわけがない。藤村さんの額には、脂汗がにじんでいる。気丈にふるまって、顔色一つ変えないでいるが、とても余裕があるとは思えない。


「藤村さん! 駄目だよこれ以上はっ!」


 初撃を回避していたように見えたが、避けきれてなかったってことだ。万全でも厳しいのに、負傷してどうにかなるわけがない。


「あたしはまだやれるっ!」

「怪我してるじゃない!」


 左手が使えなくなったから、二発目は片手で撃ったのだろうし、だからこそ照準を合わせるのも困難だったはずだ。戦力として換算するにも無理がある。


「かすっただけよ!」

「そんなわけ……」


 いや、かすったのは事実なのかもしれない。けど、それだけで骨まで砕けてしまうのがアグレッサーの攻撃なんだ。

 アグレッサーの攻撃を生身で受けて、腕がとれなかっただけ軽傷ともいえるが……。


「っ!」


 アグレッサーが勢いよく距離を詰めてきた。右足の踏ん張りがききづらいためか、左足を軸に拳を振りだしてくる。

 咄嗟に半歩引いて避けた俺は、振りきったアグレッサーの手首を握って攻撃の勢いを利用するように足をかけ、バランスを崩させると、背負い投げの要領で地面に叩きつけ、仕上げと言った具合に蹴り飛ばした。

なすすべなくすっ飛んでったアグレッサーは、苦悶の表情を浮かべ地面に這いつくばるも、俺たちを睨みつけてきている。

 この程度では、傷が治るのも時間の問題だろう。だが、チャンスだ。


「藤村さん! 今は逃げるしかないよ!」

「うるさい! あなたが戦えるなら、私だって戦える!」

「っ……」


 そんなわけないって……なんでわからないんだよ。

 ……嫌なんだ。

 もう、誰かが目の前で死ぬのは嫌なんだ。

 大切な誰かが、理不尽に殺されるのは……。

 自分の無力さのせいで何も守れないのはもうこりごりなんだ。


 でも……藤村さんの前で力を使ってしまったら……もう二度と元の生活には戻れないかもしれない。


「藤村さん、逃げてよ」


 どうにかしたい。藤村さんさえいなければ、すべては丸く収まるはずなんだ。


「ふざけないで! 目の前にアグレッサーがいるのよ!?」


 だから逃げろって言ってんだよっ!


「くそっ……言うこと聞いてくれよっ!」

「え?」


 俺の怒声に驚き、一瞬固まった藤村さんを放置して、アグレッサーへと目を向ける。


アニアナヤィジュオフオド?同胞じゃないな?


 辛そうではあるものの、そう言いながらゆっくりと立ち上がった。

 ……俺がアグレッサーでないと気づいたようだ。


「藤村さん。銃を貸してくれ」

「え……あ、いやダメよ! これを一般市民に貸すわけには……」

「っ……」


 非常事態だって言うのに融通が利かないわからずやが……。


アヌロニニスオヤィテヂアズン下等生物の分際で……ウボヌツビエスオタカ調子に乗るな


 初撃で俺が胸部を狙ったのは、そこにブルート備蓄器官アグレッサーの重要器官があるのを知っていたからだ。他の部位を狙うよりも確実にダメージが入っただろう。そして、そのあとの追撃で蹴り飛ばされたということが、気に障ったらしい。俺を完全にターゲットにしてくれた。

 ……これなら、どうにかなるか。


「宇宙人ってのも案外大したことないなぁ」

「……オタドンアン?なんだと?

「だって弱いじゃん?」

エヂアズンウボ!ふざけるな! ヌツビエスオタカヌレカズフ!下等生物の分際で!

「じゃあ、殺れるもんなら、やってみろよ」

エツトァガイシナカビキ馬鹿にしやがって……」

「殺したいならついて来いよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る