第23話「名案」
「藤村さん? 痛いですよ?」
「逃げないなら離すわ」
「はい、逃げません」
俺の言葉に藤村さんはすんなりと手を離してくれた。……でも、呼び止めてくれるなんて珍しいこともあるものだ。こんなシチュエーションじゃなければ、より良かったんだけどね。
「それで、藤村さんは俺に何用でしょうか?」
「……あなた、強かったのね」
「あー、いや」
藤村さんと俺を比較するのは、何か違う気がするんだけども。
「俺はそうでもないよ。軽い護身程度だから」
「そんなレベルでないことは、見ればわかるわ。……それと、ごめんなさい」
「え?」
藤村さんにいきなり頭を下げられた。まったく意味がわからない。
「藤村さん、顔を上げてよ。別に謝られるようなことは何も……」
「この間、あたしはあなたを力がなくて努力をしない上に言い訳をしている人間だと言ったわ。それが、思い込みと偏見による発言だったことがわかったから、謝罪させてほしいの」
「……」
律儀な人だ。俺だったらそこで謝ろうとは思わないだろう。
「わかってくれて、良かったよ」
「でも、力があるならあるで、やっぱり納得できないわ」
「え?」
謝罪されたということは俺の真意を理解してくれたのだと思ったんだけど、どうやら違ったらしい。謝ってきた人とは思えない、鋭い眼光である。
「あなたの実力なら、不良相手に立ち回るのは余裕なはずよ?」
「……」
相手が動物なら力で屈服させればいい。でも、人間社会はそれだけじゃない。暴力と恐怖で従わせることに意味を感じない。いや、なにより俺自身がそれをしたくない。
「俺のポリシーに反することはちょっとね。なんにしても藤村さんが怪我しなくて良かったよ」
今、これ以上追及されたら揉めるだけだ。
俺は藤村さんと仲良くなりたいのであって、喧嘩をしたいわけじゃない。
「俺行くから、また明日」
藤村さんの怒りがこれ以上膨らむ前に退散したほうが良いと思ったのだが、
「待ちなさいっ!」
また掴まれた。左手首がわずかに痛い。握力どれだけあるんだよまったく。
「なに? 藤村さん」
抵抗するのも気が引けたので足を止めたが、藤村さんは何かを迷うように考え込んでいた。
言うことが決まってないなら、実力行使に出る前に考えといてほしい。
「あなた、名前、なんていったかしら?」
そろそろ覚えといてくれると嬉しいなぁー。
「渚だよ。幸城渚」
「幸城君ね。……あたし、あなたの考え方はふぬけとしか思えないの」
「はあ……」
まさかディスるために引き留めたのか? それは割とメンタルやられそうなのでやめて。
「でも、幸城君に助けられたのも事実だから。あたし、貸しができるのは嫌なの。こういうことは早く清算したいのよ」
「はあ……」
そうは言われましてもねぇ。別に助太刀を頼む用事も特段ないしなぁ……。
「幸城君のしたいこと、できる範囲で聞いてあげるわ。勿論、一つだけね」
「えっ! ほんとに!?」
予想だにしなかった急展開に、俺は反射で藤村さんに詰め寄ってしまった。
「幸城君。顔が近い」
「あ、ごめんごめん」
とりあえず、離れてから考える。頼みか……。
友達になるってのはこういうときに頼むことでもないだろう。とすると……。
「デートだっ!」
なんと名案であろうか。
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