第86話「知らないことは苦しいから」

「お父さま。どういうことよ」

「……」


 参謀総長はまるで藤村さんのことを見ようとせずに、俺に向けて話を続ける。


「美号作戦後、行方をくらました貴君を我々はずっと探していた。本当に、無事で良かったと思っている」

「ちょっと、お父さま!」


 藤村さんの再度の声にもまるで動じる様子はない。


「第三次東都防衛戦のおり、半壊した市ヶ谷から相馬原に移ってもう一年以上となる。防衛網は強固なものとはしているが……恥を忍んで言う。助力してもらえないだろうか」

「それは……」


 勿論そのつもりで来た。それは事実だ。けど……。


「被害を最小限にとどめたいのだ。だが、当然強制はしない」

「はい……」


 気持ちはわかる。俺だって力になりたい。けどな……。


「お父さま! なんで無視するのよ! 魔法少女が行方不明だったなんて聞いてない! 戦後の療養で一時的に軍役から退いているだけだって言ってたじゃない! あれ、嘘だったの!?」


 藤村さんがこれだけ必死に聞いているのに、無視する必要はないじゃないか。

 俺の想いが通じたのか、参謀総長が藤村さんのほうを向いた。そして……。


「少し、静かにしなさい」


 どうやら、通じていなかったようだ。


「っもういい!」


 藤村さんはそう叫ぶと、一人で勢いよくドアを開けて出て行ってしまう。

 それに一瞥しただけで、参謀総長は俺に向き直り話を続けた。


「騒がしい娘でお恥ずかしい。……それで、お返事を頂けるかな?」

「……」


 ほかの家の問題であることはわかっている。俺が口をはさむことじゃないのかもしれない。

 それでも、俺はどうしようもなく不快だったのだ。だから……。


「今のままでは嫌です」

「……どういうことだね」

「一つ条件があります」

「条件?」

「はい。藤村、あ、いえ、祥子さんとちゃんと話をしてください」


 このまま、無条件で首を縦に振る気にはなれなかった。


「娘と話を? どういうことだね」

「そのままの意味です」

「……さっきの様子を見て言っているのなら、無理だ。娘はまだ十六才だ。もう少し大人にならなければ……」

「私も十六です」

「っ……」

「私が戦場に出たのは、もうじき十四になろうというころでした。多くの現実を見ました。苦しみを見ました。確かに辛かったです。……でもっ! 知らないまま大切な人が失われてしまうのも、自分の力不足を感じるだけで、どうにもならないやるせなさを感じるのも、最悪の気分なんです!」

「美澄君……」

「親として、子供を守りたいという言い分はわかります。知らなくていい真実もあるのかもしれない。でも……知らないまま迷い続けるなんてそんなの惨すぎるっ! ……と、思います。すいません、偉そうにこんなことを」


 感情が高ぶって、さすがに言いすぎた。そのことに気付いて謝ったが、参謀総長も申し訳なさそうな表情を見せていた。


「……いや、そうだな。こちらこそすまなかった。そうか、貴君は娘と知り合いだったのだね?」

「私は、大切な友達だと思っています」


 参謀総長は驚いたように目を見開いた後、少し笑顔を見せると、何度か頷いていて。


「そう、か……。わかった。……そうか、貴君も祥子と同い年なのか……そうか……そうだな。……防衛戦が終わったら、時間を作ると約束しよう」

「ありがとうございます」


 そう言いつつ、つい笑みがこぼれてしまう。そんな俺を見た参謀総長は安心したような、優し気な表情を覗かせた。


「美澄君。こちらこそ礼を言わねばならん。娘に、こんな良い友人が出来ていたとはな。義美を失って、どうにも視野が狭くなっていたようだ。……と、さっそくで申し訳ないが、すぐに防衛線に加わってほしい。頼めるかね?」

「あ、はい! 勿論です」


 そうだった。こんな切羽詰まったときにいう話じゃなかった。……やらかした。


「美澄君。いや、美澄穂乃花少尉。本日付で臨時の原隊復帰を命ずる」

「はい!」

「向かいの応接室で待ってもらえるか。すぐに軍の者を向かわせる」

「はい。では、失礼します」


 ……これで後は、今俺がやるべきことを果たすだけだ。けど……余計なことを言うなって、後で藤村さんには文句を言われそうである。

 あ、そう言えば。


「すいません。言い忘れていましたが、祥子さんはアグレッサーの人質にされそうになっていましたよ」


 これは絶対に伝えとかなければならない。本人は絶対に言わないだろうし。


「な……それは本当か!?」

「はい。参謀総長の娘であることを知られたんでしょう。警戒は怠らないようにしたほうが良いですよ」

「……十分に対策しよう。忠告痛み入る」

「いえ。では、失礼します」


 乱暴にならないように気を付けながら部屋を出て、ゆっくり丁寧にドアを閉める。


「なんで気を使ったのよ」


 ドアの横には、壁に背を預け不満たらたらといったように頬を膨らませた藤村さんがいた。


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