第35話「受け入れがたい栄冠」

「……どう、いう」


 耳を疑った。

 戦死ってなんだよ。死んだって……誰が? 冨士村さん、が……死んだ?


 理解が追い付かず呆然としていると、高街中尉は俺の肩から手を離し数歩後ずさり、天を仰いで深呼吸した。仰いだ顔を正面へ向けた高街中尉の瞳は、光を失ったように生気が感じられなかったが、俺の目を見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。


「アグレッサーの戦力は予想を上回ったため、陸軍の量産武装での対応は厳しく、損害も大きく……。起死回生を図った我々、秋桜支隊は突破作戦を敢行し、これにより、アグレッサー本隊の残存艦船の内、約三十パーセントを壊滅させることに成功。これが、致命的な打撃となったようで、アグレッサーは撤退していきました。ですが、我が軍の損害も軽微とは言い難く……。確認されているだけでも、陸軍相模湾守備隊の戦死者が二万人超。加えて、我が秋桜支隊特殊戦闘歩兵隊員の内、約三千人が戦死しました」

「……嘘。そんな……じゃあ、秋桜支隊は……」


 秋桜支隊自体の全体人数が、そもそも五千人に満たなかったはずだ。そのうちの三千人が戦死したってことは……。


「壊滅的被害により、事実上の全滅です。私が臨時隊長の任を命じられていますが、現在確認できた生存部隊員は五百人弱のみです」

「っ! そんな……嘘だ!」


 俺は鈴音さんを助けることもできず、冨士村さんに責任をすべて押し付けて……それで……いったい何を成せたって言うんだよ。なんなんだよ……これ……。

 いや、きっと……何かの間違いなはずだ。


「高街中尉! もう一度探してください! 冨士村さんはきっとまだ!」

「いいかげんにしてよっ!」

「っ……」


 よほど堪えていたのだろう。肩を震わせうつむく高街中尉の瞳が、涙で潤んでいるのがわかった。うかつすぎる一言だったと気づいても、もう遅い。


「隊長は、私を庇って……目の前で……」


 俺だけじゃない。冨士村さんは多くの隊員たちにとって、重要な支えであったはずだ。


「高街、中尉……」

「なんで……なんであなたはいなかったのよ!」

「っ! それは……」


 俺のことを強く咎めるような高街中尉の視線は、もう何も包み隠すことなく俺への憎悪であふれているように見えた。


「あなたには力があるじゃない! なんで……こんなっ……どうして持ち場を離れたのよ! 当初の通りに美号作戦が展開できていれば、こんなに被害は出なかった! あんたのせいよ……あんたが殺したようなものよ! あんたのせいで……っ!」


 止まることなく流れだした涙を隠すように、高街中尉は背を向け走り去って行ってしまう。バツが悪そうにしつつも、悔しそうな高街中尉の最後の表情を、俺はきっと忘れることができないだろう。


 ……なんで、こんなことになったんだろうか。頭がくらくらする。足に力が入らない。

 気づけば俺は崩れ落ち、膝をついていた。

 どこかで冨士村さんは死なないって、無意識に信じ込んでいた。ここに帰って来れば、冨士村さんがいて、助けられなかった俺を慰めてくれるって、本当は心のどこかで期待していた。

 俺はいったい何をやっていたんだ。これだけの力を与えられながら、迷って戸惑って逃げ続けていただけなんじゃないのか? 俺が……俺のせいでみんな死んでしまったんじゃないのか?

 なんで……なんでこんな……どうして、こんなことに、なったんだよ……。

 ああ、そうか。俺が弱いから、力不足だからこうなったんだ。魔法少女に憧れて、英雄になれるんじゃないかって、いつかは本物になれるんじゃないかって、どこかで思っていたんじゃないか? その思いあがりの結果がこれだ。俺はただの、モブに過ぎないとわかっていたはずなのに。


「くそっ……くそっ! くそぉっ!」



 ――うあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ!

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