第34話「失ったもの」

 勝ったのだろうか? いや、占領されていないのだから勝ったのだろう。けど……被害は甚大だ。状況が知りたい。

 俺は、軍人たちがあわただしく行き来している鎌倉高校の校庭へと急いだ。

 だが……。


「……いない」


 軍服から、そこにいるのが日本陸軍の人間であることはわかる。けど……。

 秋桜支隊の隊員が見当たらない。

 全員の顔を覚えているわけではないが、それにしたってここに詰めていたのだから知っている顔がいてもおかしくはないはずなんだが。

 そう思いながら、あたりをきょろきょろと見渡していると、


「美澄少尉っ!」


 よく耳にする声が、背後から聞こえた。

 美澄と言うのは、変身後少女の姿の時に俺が名乗っている偽名だ。美澄穂乃花少尉というのが軍における俺の名前で、新型戦闘用特殊兵装を唯一扱える軍人になっていた。俺が完全外野の人間であることは、上層部数名が知っているのみであった。


「あっ! 高街中尉!」


 振り返るとそこには、アグレッサーが身にまとうパワードスーツにほど近い見た目の新兵装、試製三型対ブルート戦闘用特化兵装、通称ネメシススーツに身を包んだ軍人がいて、俺のことを驚いたように見ていた。彼女は高街友加里中尉。秋桜支隊隊長である冨士村義美大佐の副官である。

 高街中尉は駆け寄ってくると、勢いよく俺の肩を鷲掴みにし、そして。


「美澄少尉! 今までどこへ!?」

「え、あ、えっと……」


 あまりの様子に、驚いて言葉が出てこない。そんな俺の動揺などお構いなしと言うように、高街中尉からの質問は続く。


「なぜ、前線にいなかったのですか? 美号作戦の要はあなただったはず。それを……それをカバーするために冨士村隊長がどれだけ、奮闘なされたかっ!」

「っ!」


 そうだ。俺は、命令を無視して自分勝手な都合で持ち場を離れた。

 けど、言い訳かもしれないけど、それを冨士村さんは支持してくれたんだ。

 俺に落ち度は……ないはずだ。


「えっと、高街中尉。私は東都防衛へ行って……」

「東都防衛!? 東都への奇襲部隊は少数だったはず……なぜ、そんなところに行っていたのですか!?」


 どうやらまだ、東都侵攻の規模については情報が行き渡ってないらしい。

 俺が抜けたこともあり、相模湾防衛戦が熾烈を極めたことは想像に難くない。東都での状況など、知らなくても無理はないだろう。


「美澄少尉は、東都防衛の任を受けていたのですか?」

「あ、いえ……そうではないんですけど……」

「ならなぜ!?」

「あ、いや……えっと」


 鈴音さんが心配だったからだ。だから、俺は独断で持ち場を離れた。

 そんなことを言ったところで、言い訳にすらならない。

 結局俺は、鈴音さんを守れなかった。そのうえ、戦線に戻ることさえできず、間に合わなかった。

 ……でも、立ち止まるわけにはいかない。責務を果たさなければならない。そうしなければ……気が変になりそうだった。

 まだ、アグレッサーの侵攻があるかもしれないのは事実だろう。今は、とにかく相模湾の状況を知る必要があるはずだ。


「高街中尉。すいませんが、この件については冨士村隊長に聞いていただければわかりますので……」

「どういうことですか! 美澄少尉が持ち場を離れることを、冨士村隊長は承知していたと!?」

「あ、えっと……」


 冨士村さんの立場もあるだろうし、ここで俺が余計なことを言ってしまったら、まずいかもしれない。


「すいません、高街中尉。とりあえず、詳細を報告したいので……その、冨士村隊長はどちらに?」


 俺がそう言ったとたん、高街中尉は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。


「高街、中尉……?」


 高街中尉は目をそらし、悔しそうに下唇を噛むと、視線を少しさまよわせた後、ゆっくりとますっぐ俺を見据え、睨みつけてきた。


「高街中尉? あの……えっと……」

「戦死しました」

「……え?」

「冨士村隊長は奮戦の末、多くの戦果をあげ戦死……しまし、た」


 ……戦死? 戦死ってなんだよ。なんだよそれ。

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