第90話「魔法少女」

 藤村さんは呆れたように、ため息をついていた。


「自分を責め過ぎってことよ。それに、結果として救われた命は多いわ」

「……だとしても、それで自分を許してしまうことはできないよ」


 俺の言葉に藤村さんは、困ったような表情を見せて、それから、照れくさそうに笑った。


「幸城君。……あたしね、昔は魔法少女物のアニメが大好きだったの」

「え?」


 藤村さんは、天を仰ぐように天井を見上げて話し始めた。


「本当は魔法少女の話をお母さまから聞いて、あなたに憧れていた。だから、秋桜支隊が壊滅したって、お母さまが殉職したって聞いて、なんでって思ったの。一回そう思ったら止まらなかった。そんなとんでもない力を持っている、どこの誰なのかもわからない人間がいきなり現れて、戦ってるなんておかしいと思った。本当は人間じゃないんじゃないかとか、いろんな疑念が出てきて。怒りをぶつける先に自分の力が届かないってわかっていたから、だから魔法少女に、あなたに対して怒りをぶつけたの。八つ当たりだった。あたしだったらもっとうまくやれるはずだって、そう思う以外に自分を肯定できなかった。弱いよね、あたし」


 弱くなんてない。そう言いたかった。でも、その言葉はきっと気休めにしか聞こえないだろう。

 それに俺だって、口先では偉そうなことを言っているが、本当は自分で自分を責めていないと気が変になりそうだっただけで、辛さを紛らわすために自分の罪を認めてるって言っていたんだ。

 そんな俺が何を言っても意味がないような気がしてしまう。

 いや、違うか。だからこそ……俺が言わなくては意味がないのかもしれない。


「みんな、弱いんだよ」

「幸城君……」

「藤村さんも俺も……弱いから間違えるし、迷うし傷つける。それでも、誰かを守りたいって想いは確かにあるはずだから」

「……そう、だね」


 納得するようにそう答えた藤村さんの表情は、出会ってからはじめて見る、とても自然な笑顔だった。


「俺が誰かを守ったことで、救われる人もいると思う。でも、傷つく人もいるかもしれない。でも、俺にはこうする以外にできないから……今は、大切な人たちを守るよ」


 少し格好をつけてそう言うと、藤村さんは困ったように笑う。


「それ、モノクロームプリティー初代マジカルプリティーのセリフでしょ?」

「うん。……でも、俺の気持ちでもある」


 嘘偽りない本心で、そして覚悟でもある。


「うん、あたしも。あたしにとってお母さまは憧れの人だったから、軍人になりたいって思ってた。それ以外に、自分の想いを果たす道はないと思ってたから。でも、もう一度、考えてみることにしたの」

「うん。それがいいよ」

「ただ、一つだけ決めたことはある。あたしは、あなたの……幸城君の力になりたい。……やっぱり、黙っているなんてできないから。私は今、私ができることに全力で取り組むよ」

「……うん」


 過去を変えることなんてできない。悲しいことも、苦しいことも、取り返しのつかない失敗も。変えたいと思ってもどうにもならない。

 大切な人への想いも、気持ちも……言葉にできなかった。きっとたくさん傷つけた。

 けど、それと同じくらい、笑って、喜んで、楽しい思い出もあるんだ。それを知ることができたから、俺は今、前を向くことができている。

 そうしてきっと、これからも前を向いて歩いていく。


「ねえ、藤村さん」

「なに?」

「友達に……なりたい」

「……なに、バカなこと言ってんのよ」


 藤村さんは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


「藤村さん? ダメ?」

「…………良いわよ」


 とてつもなく小さい返事だったが、しっかり聞こえた。


「じゃあ、えっと……祥子」

「っ! なにいきなり名前で呼んでんのよ!」


 顔を真っ赤にしたまま、祥子は俺をポコポコと殴ってくる。朱音と違って、なかなかいいパンチだ。


「もう、祥子。恥ずかしがらないでよぉ! 魔法少女ものでは仲を深めて名前呼びになるって定番じゃん!」 

「なんでも魔法少女の話にしないでよ!」

「えー。でもでも、初代マジカルプリティーの第八話とか、魔法少女はリリカルなの! の最終話とか! ああいうの、めっちゃ良くない?」

「うるさい!」

「えぇー。祥子は名前で呼んでくれないの?」

「うぅ……」


 さすがにいきなり名前で呼ぶのは抵抗があるのか照れくさいのか、祥子はうつむいてしまった。けど、この程度であきらめる俺ではない。


「祥子? 名前を呼んでよ」

「うぅ……な、なぎ……さ」

「え?」


 小さかったけど、確かに名前を呼んでくれた。


「祥子! もう一回!」

「………………渚。……うがぁーっ! やっぱ無理! なし!」

「えぇーっ! ありえな~い」

「調子に乗るなっ!」

「あははははっ」


 いつかまた、地球が戦火に焼かれる。そんな日が来るのかもしれない。その時、俺たちはまた戦いの渦に巻き込まれるのだろう。

 それが、どれだけの惨劇を産むのかなんてわからない。


 けど、決まっていることがあるとすれば……。

 大切な人たちを笑顔にするために、俺は本当の魔法少女になると心に誓った。それだけだ。


 ただ、今はこんな時間が少しでも長く続きますように。

 そう、願う。


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