第39話「シンパシー」

「結局、魔法少女の思い通りね。……幸城君、あなたは昨日、何も見なかった。そういうことにしなさい」

「え? なんで……」

「面倒ごとに巻き込まれたくなければそうしなさい。あたしがアグレッサーあいつの頭に銃弾を撃ち込んでとどめを刺して、軍を呼んだの。私が不意を突いて倒したことになってるから」

「え? ……じゃあ、魔法少女は?」

「……知らないわ」

「え?」

「知らないわ、そんな奴。あのアグレッサーを倒したのが魔法少女だって知れたら、軍は彼女を原隊復帰させるでしょうね。でも、あんなふぬけた奴は必要ないわ!」

「ふぬけ?」


 それってどういう……。


「あの子娘こむすめ、私に手柄を譲ろうとしてきたのよ? ってことは、軍の命令下でやってきたわけじゃないってことよね?」

「っ!」


 そうだ。あのとき俺は、自分がいたことがバレないようにすることで頭がいっぱいになっていて失念していた。魔法少女は、大戦の負傷で療養中ということになっている訳で、魔法少女の所在を軍が知らないっていうのは、世間では知られてない。つまり……。


「幸城君、これがどういうことだかわかる? あいつは戦えるのに戦おうとせず、事実を軍に隠してまで原隊復帰したくないってことなのよ!?」


 そうだ。そういうことになる。


「あんな小娘に助けてもらわなきゃならないほど、今の軍備は手薄じゃない!」

「藤村さん。気持ちはわかるけど、それはエゴだ。事実をちゃんと伝えないと」


 確かに、魔法少女のことはふせてほしかった。けど、偽りの功績で藤村さんが危険な場所へと突き進んでいくのを、黙って見ていることなんてできない。


「事実? ふざけないで! じゃあ、なんでみんなは魔法少女の正体について触れないの? 異星人は擬態もできるのに、なんで魔法少女だなんて言って、妄信できるのよっ! あんなの、あの女の勝手な理由で人間を利用しただけに決まってる! なのに、みんな魔法少女を英雄視して、お母さまのことにはほとんど触れないじゃない!」

「藤村さん……」

「あたしは冨士村義美の娘よ! 人間の持ちうる力だけで地球を救った英雄の娘よ! 私がその意思を継ぐの! なのにみんな、私を否定する!」

「っ!」


 わかった。わかってしまった。

 なんでここまで俺が、藤村祥子という人間に惹かれていたのか。

 色恋なのかもしれないと思ったこともあった。けど、これは明らかに違う。

 シンパシーだ。


「……藤村さん。嘘をついてまで突き進んだ先には、孤独しかないんだ。本当に大切な誰かがいたとしても、力だけで守れはしない。一人の力なんてちっぽけなんだよ」

「……あなたも私を否定するのね」

「それは違うよ」


 俺は知っているから。力だけでは、どうにもならないってことを。


「何が違うのよ。一人の力? 笑わせないで。それってつまり、魔法少女は別だって言いたいだけでしょ?」

「違うよ、それは……」

「違わない!」

「そんな……」


 魔法少女は……俺は、一人の人間だ。万能じゃない。

 自分を責めて、一人突き進んだ先に待っているものが、どれだけ辛いのかは、俺が一番よく知っているつもりだから……藤村さんには、そうなってほしくない。


「……とにかくあなたは、あたしが言ったとおりにしなさい。昨日今日、少し話しただけの相手になんでこんな話しちゃったんだろ、バカみたい。……何やってんだろ」


 だめだ。このまま、ここで話を終わりにしたら、藤村さんの理解者がいなくなってしまうかもしれない。


「藤村さん、全力で走り続けることはできないんだよ。息切れした時に助けてくれる人とか、支えてくれる人、バトンをつないでくれる人が必要なんだよ」


 俺にはそういう人たちがいて、戦後支えてもらったから今がある。でも、もしそういう手を払いのけてしまったら、その先の道は見えなくなってしまうんだ。

 届いてくれ。俺は、藤村さんを否定したいわけじゃないんだ。


「うるさい!」

「っ……」


 藤村さんが俺を見る目は、明らかに冷ややかなものになっていた。

 失敗した。伝わらなかった。想いが届かなかったことが、ショックだった。


「あたしは、あなたみたいに臆病で軟弱な人間じゃない。力が足りないなら、もっとつければいい、立ち向かえばいい。逃げ道作ることばかり考えて、何ができるのよ! 持ってる力を使わないなんて、魔法少女と同じじゃない!」

「っ! 藤村さん!」


 走り去る彼女の背中を、俺は追いかけることができなかった。

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