第38話「昨日のこと」

 準備を進め食卓に向かうと、制服に着替えた朱音がそこにいた。

 着替え、持ってきてあったんだな。そりゃそうか、パジャマでここまで来るわけにはいかないし。

 改めてお礼を言おうかと思った丁度そのタイミングで、晄がご飯を持ってきた。それを見たまま伏せ気味になった朱音の表情が困惑したものへと変わっていく。


「ひ、晄ちゃん? これは……」


 そうこぼした朱音の視線の先を見ると、テーブルの上には……。


「晄。お前、ねらってやってるだろ……」

「お兄さんもどうしましたか? 私はネットで学んだのです! 親しい男女が一夜を共に過ごしたらお赤飯を炊くんですよね!」

「それ、なんか微妙に違う気が……」


 純度百パーセントの天然を朝から盛大にぶっこまれた俺たちは、気まずい朝食を終え、二人並んで学校へと向かった。

 新婚学生夫婦の初夜翌日の気まずさ……などとふと考えてしまったことは、口が裂けても言えない。

 とまあ、そんなバタバタした朝を過ぎると特段変哲のない一日が始まった。


 一番危惧していたのは、朝の段階で藤村さんに事情を聴かれるだろうということだったわけだが、その藤村さんが教室にはいなかった。

 どうやら欠席らしい。

 昨日起きたことを考えれば無理もないし、もしかしたら軍で保護とかされているのかもしれない。だが、だとすれば俺のところにも軍が来るのが道理だと思うのだが、まるでそういったことはなかった。

別段、問題を先延ばしにしたいわけではないので、藤村さんがいないというのは、それはそれでなんだか、ソワソワしてしまう。


 そんな訳で落ち着かない午前中を過ごしながらも、明日までこのモヤモヤを引っ張るのは嫌だなと思いつつ、お昼が来たので弁当を持ち、さて、どこで食べるかと考えていたタイミングで教室内がどよめいた。

 その原因は、遅れて教室に現れた藤村さんだった。

 藤村さんは、負傷した左腕を包帯で固定した状態で登校してきていて、周りの心配そうな様子などまるで気にする様子もなく、適当にあしらうと、何かを探すようにキョロキョロしていた。

 何をお探しだろうかと目を向けていた俺と目が合った藤村さんは、獲物を狙う狩人のごとき気迫で俺の目の前まで歩み寄って来ると、空いた右腕に握っていた学生鞄を俺の机に叩きつけるように置き、


「来なさい」


 鋭い眼差しと共に俺の腕をつかんだかと思えば、


「ち、ちょっと!」


 静止は無視され、無理やり教室から連れ出された俺は、お昼休みで賑わう廊下の生徒達からの好奇の目で見られつつ、引っ張られて行った。

 どこまで連行されるのかと思っていると、着いたのはいつぞやの乱闘を繰り広げた空き教室だった。

 俺の腕を解放してくれた藤村さんは、教室のドアを閉めると今にも胸ぐらを掴んできそうなほどに詰め寄ってきて。


「昨日のこと、誰かに話した?」


 まるで、俺が何か悪いことをしたかのような様子である。


「いや、話してないよ」


 朱音以外には。と、こぼした日には、俺だけでなく朱音まで被害にあいそうなので黙っておく。


「賢明ね」


 どの辺が賢明なのだろうか。どう考えても、身の安全のために警察とかに行くのが正しいと思うのだが。まあ、とりあえず脅迫じみた様子は薄れたので一安心。


「幸城君はあの後、魔法少女に助けられて逃げたんでしょ?」

「え? ああ……」


 ある意味間違ってないかもしれないので、とりあえず頷いておく。


「えっと、藤村さんは?」

「魔法少女に会ったわよ」


 そこまで言った藤村さんの表情が、悔しそうにゆがんだ。

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