第37話「ずっと一緒に」

「渚くんと、い、一緒に寝ます!」

「……え?」


 よく見ると、朱音の格好はパジャマ姿だった。薄い朱色に花の刺繍がワンポイントで入った、何ともシンプルで朱音の可愛さを引き立てる一着だった。


「朱音。どうしたんだよ、急に」

「何でもないからっ!」


 そう言うと、緊張しきったぎこちない動きで、有無を言わさずベッドの中に入ってきた。


「俺、下のソファーで寝ようか?」

「だめっ!」


 駄目なのはこの状況と、反則的なまでに可愛い朱音の上目遣いだと思う。


「涼太郎さんは知ってるの?」

「……うん」


 目をそらしていないので、どうやら本当に知っているらしい。


「……渚くん。何か、あったんでしょ?」

「っ!」


 反射的に顔を歪めてしまった俺の反応を見た朱音は、やっぱり、と心配そうに俺を見てきた。


「晄ちゃんから、渚くんがおかしいって……。渚くんがここまで辛い顔をしてるの、戦争の後以来見なかったから……」

「朱音……」


 そこまで大したことではないと繕うために、俺は笑顔を作っていた。それなのに……。


「渚くんの辛い時の笑顔、わかるよ。ずっと見てきたから」

「朱音……」


 だめだ。これは誘惑だ。現実と言う悪夢から目をそらすための麻薬だ。

 自分自身の責任を黙認してしまったら、どうにもならない。それは自分を責めているようでいて肯定してくれる誰かを探すだけの浅はかな行動だ。


「渚くん。違うよ」

「何が……違うんだよ」

「自分を絶対に許せないのもわかる。私のお母さんを救えなかったって、そう、泣いてくれた渚くんを知ってるから。私の言葉で、渚くんを受け止めることはできないのかもしれない。……でもね、渚くんの苦しみを、悲しさを、私は知りたいんだよ。それはきっと、私自身が自分勝手な理屈で渚くんを肯定したいだけ。だから……辛くても、渚くんは立ち向かわなければならないのかもしれない。でも、私は渚くんとずっと一緒にいたいから」

「……朱音」


 まるで、プロポーズでもするかのような言葉に添えられた、まっすぐで真剣な瞳は、俺を見透かすかのようで……それが、どうしようもないほどに心地よかった。


「私のわがままだから……教えて、渚くん。私も渚くんの傍にいるって、わかってほしいから」

「……あ……かね……」


 気づけば、温かい雫が頬をつたっていた。そんな俺を、朱音は勢いよく抱き寄せた。痛くて苦しくて、優しくて安心した。

 それからのことは、よく覚えていない。

 自分の心に任せて、きっと多くの醜態をさらしたのかもしれない。それでも、不思議と不快感はなかった。

 泣き疲れた俺は寝てしまって、朱音もそんな俺の傍にずっといてくれたのだろう。

 起きてもまだ隣に朱音がいてくれるということが、こんなにも嬉しいなんてな。


「……ありがとう」


 うまい言葉が見つからない。あふれ出る気持ちを言葉にできなくて、ゆっくりと朱音の髪の毛を撫で続けてしまう。すると、


「うぅ……」


 小動物のような声をこぼし、寝ぼけ眼を開けた朱音は、数秒俺と目があった後、


「ひゃっ!」


 小さい悲鳴とともに飛び起きてベッドの上で立ち上がると、顔を一気に真っ赤に染め上げた。


「朱音、おはよう」

「お、お、お、お……おひゃようごじゃます!」


 朱音は、よくわからない言葉とともに勢いよく頭を下げると、いつもの朱音からは想像もできないほど俊敏にベッドから飛び降りて、脱兎のごとく走り去って行った。

 恥ずかしさを我慢してでも俺のためにと来てくれたのだろう。その優しさに、また涙が出そうになる。


「……準備、するか」


 朱音がこれだけしてくれたのに、俺が逃げるわけにはいかない。気持ちで負けていたら始まらないから、後ろ向きな感情がどこかにくすぶっていても、決して外には出さない。

 そう決意を固めて、向き合う覚悟を決めた。

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