第71話「過去に向き合うために」

 辻堂海岸と七里ヶ浜海岸の間に位置し、戦前は新江ノ島水族館があった場所の隣。

 海岸に隣接して存在する、芝生が広がる湘南海岸公園。

 その駐車場に、俺たちを乗せたプレジデント高級車は駐車した。


「着きました」

「ありがとうございます」


 俺と朱音、そして晄はプレジデント高級車から降りる。

 防衛戦終了後、この場所を訪れたのは初めてだった。


「……」


 防衛戦前に見た街並みは、戦後ひどく荒れ果てていた。

 それでも……。


「復興……してるんだね」


 まだまだ、戦争の爪痕は依然として残っている。それでも新しい建物が建ち、そして人も住んでいる。ひどく傷ついても必死になって立ち上がり続けている。


「渚くん……大丈夫?」


 俺の横では、朱音が心配そうな顔をしていた。さすがに立ち止まりすぎて、心配をかけてしまったらしい。


「大丈夫だよ。行こう」

「うん」

「はいです! お兄さん」


 駐車場を抜けていくと、石畳の開けた広場に出る。円形で広く取られた階段を昇っていくと、その中心には石碑があった。

 相模湾防衛戦慰霊碑。

 そう書かれた大きく丸い、黒御影くろみかげ石によって造られた石碑。

 両脇にはまだ新し気な生花が、所狭しと並んでいる。かなり、こまめに手入れがされているのだろう。


 俺は、慰霊碑の前へとゆっくり歩みを進める。

 その中央にある長方形の石碑には、こう刻まれていた。



 ――人類の尊厳を護り、地球の興隆をひたすら念じながら、不幸にも戦場にたおれた英霊をここに弔う。



 テレビやネットでこの場所のことが取り上げられていると、いつも目をそらしていた。どうしようもなく心が苦しかったから。責められているような気がしたから。

 どんな顔をしてこの場所に行ったらいいのか、ずっと考えていた。


 でもそれはきっと、言い訳をして逃げ道を探していただけなんだ。

 どんな顔をしてとか、そんなことはどうでもよかったんだ。この場所に来て、自分が本当にどう思うのかをちゃんと感じて、そして、取り繕うことなく本心でぶつかれば良かったんだ。


「お兄さーん」


 急な晄の声に横を向くと、端のほうにある看板を興味深げにのぞき込んでいる。それに朱音が近づいていった。


「朱音さん! 読んでください」


 そう言って晄が指さした看板を朱音は読み上げた。


「えっと……。この相模湾防衛戦慰霊碑は相模湾防衛戦における戦没者二万有余柱の霊を祀り併せて人類の未来永劫の安寧と繁栄を祈念し平成三十二年に建立したものです。戦没者の方々のご冥福をお祈りするとともに、ここに地球の恒久平和への願いを表します。って書いてあるね」

「んー。難しい言葉です」


 俺もその看板のほうへと近づく。

 俺は、きっと自分のために戦っていただけだ。でも……冨士村さんは、秋桜支隊の人たちは……みんな平和のために立ち上がった英雄だ。


「お兄さん」

「……なに?」

「言葉は難しくてわからないですけど……でも、きっとこの場所は、今を生きる人たちの支えになっているんですよね?」

「っ……うん。そうだね」


 海から強く風が吹いた。潮風の臭いは、今もあの時も変わらない。

 海岸へと向かい、歩みを進める。

 石碑の向こうに広がる芝生に建てられた戦没者御芳名碑十五基は、慰霊碑を中心に放射状に設置されていて、俺はその名前を一人一人確認していく。


「っ……」

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