第70話「一緒にいるための答え」

「お父さん、決めたよ……。私は、栃木に逃げる」

「え?」


 あまりにも予想外の言葉に、俺はつい、素っ頓狂な声を出してしまった。まさか、朱音が俺の傍を離れるなんて言うとは思っていなかったのだ。

 意地でも俺の傍を離れないって言うと思ってた。いや、たぶん俺自身が今、朱音に傍にいてほしいって思っていたんだ。なのに……。


「どうしてなの、朱音」


 俺の問いに、朱音は寂しそうで悔しそうな表情を見せてくる。


「私は、戦場ではただの足手まといになっちゃうから。もし、私が死んだら渚くんをもっと悲しませちゃうから。だから、今の私にできる形で渚くんに迷惑をかけないようにしたい」

「朱音……」


 少し、悲しさはあるものの、俺のことを考えてそう言ってくれたことが、嬉しかった。朱音もきっと、俺の傍にいて、自分にできることをしたいって思ったはずだ。戦えなくても、自分にできることがあるはずだと、きっといっぱい考えたはずだ。


 そのうえで、今は傍にいないほうが、俺が苦しむ可能性を少しでも減らせると判断したんだろう。それは、並大抵のことじゃない。

 自分の無力さを、自分の想いを貫くために受け入れるなんて、俺にはきっとできないことだ。


「朱音さん! 私も同行しますよー」


 元気よく手を上げた晄はそう言って、続ける。


「私も、万が一の時は護衛くらいにはなるのです。それに、戦場に出て正体が露呈するほうがまずいですから……。お医者さん先生、お願いできますか?」

「うん、承知したよ。それじゃあ、すぐに連絡を……」


 涼太郎さんはポケットに入れていたスマホを手に取ると、ダイヤルしようとして……。


「ごめん、お父さん。やっぱり、一日だけ待って」


 朱音の言葉に、涼太郎さんの手が止まる。


「どういうことだい?」

「ごめんなさい。でも、どうしても明日、一日だけ、しとかなきゃならないことがあったのを思い出して……」

「それは、今じゃなきゃいけないことなのかい?」

「それは……」


 涼太郎さんの語気は、珍しく強いものだった。少しばかり相手を責めるようなその様子に、一瞬ひるんでしまった朱音だったが、それでも……。


「お父さん。どうしても今じゃなきゃダメなんだよ」

「……そう、なのか。わかったよ」


 朱音のなかに、それだけ強い何かがあると感じたのだろう。涼太郎さんはスマホをポケットにしまうと、


「幸城渚くん。私は少しばかり、東京こっちでやっていかなきゃならないことができてしまってね。帰りの車を手配しておくけど、何時くらいが良いんだい?」

「……」


 必要なことも、やらなければならないことも、この場所でできるけじめもつけた。

 もう、これ以上やることはない。

 ……いや。


「先生。すぐに車を用意してもらっても大丈夫ですか?」

「勿論、大丈夫だよ」

「それと、我がままで申し訳ないんですが……」


 どうしても、今と向き合うために、あの場所に行っておかなければならない。

 ……そう、思った。

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