第75話「ラピスラズリのペンダント」

「藤村さん」


 教室内にはまだほかの生徒もいるので叫ぶわけにもいかず、かといって黙っているには息が詰まりそうだったので、早めに声をかけたのだが裏目に出た。


 藤村さんは立ち上がり、チラリとこちらを一瞥すると、逃げるように廊下へと出て行ってしまったのだ。


「くそっ……ちょっと待って、藤村さん!」


 ここで追いかけなかったら、それは俺自身が逃げたということと同義だ。俺のわがままなのはわかってる。それでも俺は今、藤村さんに聞いてもらうんだ。

 廊下にちらほらと生徒たちが出てくるのをかいくぐりながら、視界に藤村さんをとらえ続けた。藤村さんは速足ではあるものの、走ってはいなかったのが幸いした。


 すぐに追いつくと藤村さんの前に回り込み、行く手を阻んだのだが。


「待ってよ、藤村さん。話が……」


 俺がそう言っても、まるで興味がないとでも言うようにそっぽを向き、目を合わせてももらえない。そのまま、軽やかに俺の横をすり抜けると、藤村さんはまた去っていこうとしてしまう。


 駄目だ。ただ引き留めただけでは、足を止めてはもらえない。

 どうする? どうやったら俺の話を聞いてもらえる? 今だけで良い。今話を聞いてもらえなければ、次はない。絞り出せ、何か、何か……っ!


「ペンダント!」


 俺は精一杯に叫んだ。それでも藤村さんは足を止めてはくれない。

 けど、もう、俺はこれにかけるしかない。


「ラピスラズリのペンダント! 覚えてるでしょ!?」


 もう一度叫ぶ。廊下にいた生徒たち全員が、俺のことを見ていた。教室内にいた奴らまで、何事かと顔を出してこっちを見てやがる。こんちきしょう、恥ずかしいじゃないか。


 ……けど、通じた。

 藤村さんは足を止め、ゆっくりとこちらへ振り返る。


「あんた……それ……」


 俺は制服の内側にかけていたペンダントを取り出すと、藤村さんが見えやすいように掲げて見せる。それを見た、藤村さんは次第に驚愕の表情に染まっていき。


「あんたっ!」


 叫んだ後、とんでもない勢いで俺に詰め寄ってくると、俺の胸ぐらを掴んできた。


「これ……どうしたの!?」


 鋭い目だ。けど、足は止められた。

 この後の言葉が大切だ。しっかりと、事実を……藤村さんが話を聞いてくれるように……。


「渡されたんだ」

「誰によっ!」

「……冨士村さん。冨士村義美さんに渡されたんだ。お守り、だって……」

「っ!」


 藤村さんは、目を見開き動揺を隠せないようだ。


「そんな……なんであんたに……あんたっ!」


 そこまで言ったところで、自分たちが注目の的になっていることに気付いたのか、藤村さんはあたりを見渡したあと。


「しかたないわねっ! 来なさい!」


 そう言って俺の右腕をつかむと、強引に引っ張っていった。

 ……とりあえず、これで成功だ。

 けど、本題はこれからだ。これからどう話すかが、一番大事だ。


 藤村さんに引っ張られるまま連れていかれたのは、もう恒例ともなりつつある空き教室であった。入ると、藤村さんはドアがしっかりと閉まっているのを確認し、


「どういうことなの! なんであなたがそれを持っているのよ!?」


 とんでもない剣幕で詰め寄ってくる。負傷した左手もまだ痛むだろうに、そういった様子をまるで感じさせない。それだけ、このペンダントのことが藤村さんにとって重要だってことなんだろうけど、この分じゃ冷静に会話をするのは難しい気もしてきたな。

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