第32話「知らずにいた正体」

「えっと……ごめんね、驚いたよね。宇宙人、倒したけどまだ息があるから、警察か軍に連れて行ってくれないかな?」


 俺はできるだけ柔らかな笑顔を作って見せたつもりだったのだが、藤村さんはうつむいてしまう。


「えっと……私がここにいたことは、誰にも言わないでほしいんだ。たまたま瀕死の宇宙人を見つけたことにしてくれれば……」

「何よそれ!」

「えっ……」


 藤村さんは、俺を鋭く睨むと銃を構え、俺の頭部に照準を合わせてきた。


「……えっと、どういう、こと、かな?」

「とぼけないで!」

「っ!」


 藤村さんの指が、引き金にかかる。

 ……本気で撃つつもりなのか? でも、なんで?

 魔法少女は、戦争を終わらせた立役者だと、世界中の人間が認識しているはずだ。その相手に銃口を向けるには、それだけの理由があるはずだ。


「えっと……あなたは、高校生かな? 落ち着いて話を……」

「さっき、あたしの苗字を呼んだわよね! ……しらを切るつもり?」

「……」


 それはそうだ。俺はさっき、咄嗟に名前を呼んでしまった。それに気づかないほど、藤村さんは抜けてない。


「ふざけないでっ! あたしのこと、お母さまから聞いてたんじゃないの!?」


 怒りに震えているのか、銃を持つ手が小刻みに揺れている。

 いや、それより……。


「お母さま?」

「忘れるわけないわよねぇ! 秋桜しゅうおう支隊隊長、冨士村義美中将……あたしのお母さまを忘れたなんて言わせないっ!」

「っ! 冨士村……義美、さん……っ」


 忘れるわけがない。忘れたことなんてない。

 くじけそうになっていた俺の、心の支えになってくれた。あの笑顔を忘れるわけなんかない。


「……藤村さんが……冨士村さんの、娘……?」

「この期に及んでどういうつもり!」


 藤村さんは怒りに震えたように叫びながら、ついに指が引き金を引いた。放たれた銃弾は、俺の頬をかすめ飛んでいく。

 ジワリと熱く痛い。その一撃は、俺の顔に確かな傷をつけていた。


「次は外さない!」

「……藤村さん」


 もう、どうしたらいいかわからなかった。一歩、二歩と俺は藤村さんへ近づく。


「来ないで!」


 そうだ、俺は藤村さんに近づく資格なんかなかったんだ。だって……。


「あなたなんて、魔法少女とかなんだとか英雄みたいに祭り上げられただけじゃない! みんな戦後を必死で生きてるのに、あなたは何をしてたのよ! 療養中って聞いてたけど、戦えるじゃない! ずっと逃げてただけなんじゃないの? 今回のことも、私に任せて逃げるつもりなんでしょ? なんでなのよ……力があるのに何でっ!」


 藤村さんが言いたい言葉の意味が、真意がこの時はじめて分かった。

 けど、もう、どうにもしようがない。だって……。


「答えなさいよ! お母さまを……なんで見殺しにしたのよ!? 答えてっ!」

「っ!」


 そうだ。俺が……。


 俺が、冨士村義美さんを殺したのだから……。

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